甘藷塊根の培養組織における植物体復原に関する研究
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概要
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培養組織からの植物体の復原に関する研究は,形態形成一不定芽・不定根形成一の問題の解明,あるいは,組織培養の育種その他への利用と言う観点から,古くより数多くの研究がなされてきた。しかし乍ら,培養組織における不定芽・不定根形成に関する基礎的,かつ普編的知見は必ずしも十分であるとは言い難く,組織培養法を育種の実用面などに利用する場合においても,なお多くの困難な問題が残されている。このような現状に鑑み,本研究は,不定芽・不定根形成の条件について,生理学的基礎知見を得ることを目的として行ったものである。材料としては,遺伝的に同質な材料が多量に得られる植物の一つとして,サツマイモの塊根を用いることとした。主要な知見は下記のとおりである。1)実験系の確立を目的として,サツマイモの"組織円板"におけるカルス形成に適した培地の組成を検討した。WHITEの無機塩類に,蔗糖5%,イーストエキス0.3〜0.5%,およびオーキシン(2.4-D0.1〜1mg/l,または,NAA10〜20mg/l)を添加した培地で,旺盛なカルス形成が認められた。要求される高濃度のイーストエキスのうち,少くとも一部はサイトカイニンとアミノ酸の効果であることがわかった。数ヶ月貯蔵した塊根を供試した場合,低濃度のイーストエキスを添加した培地でも,旺盛なカルス形成のみられることがあり,貯蔵中に,塊根に内在する生長調節物質が消長する為ではないかと想像された。2)低濃度のオーキシン(NAA1mg/l)を含む培地に,サイトカイニン(カイネチテンまたはゼアチテン)を添加すると,カルスに不定根が形成された。培地中のサイトカイニンは不定根形成を促進することが明らかになったのであるが,塊根の貯蔵期間によって,不定根形成に必要なサイトカイニンの濃度に差異がみられたのである。すなわち,収穫直後の塊根では,貯蔵した塊根を供試した場合に比較して,より高濃度のサイトカイニンが必要であった。"組織円板"の大きさを変えた実験,および,塊根の粗抽出物を培地に添加して実験を行った結果,"組織円板"が大きくなると,培地中のサイトカイニン濃度が低い場合でも,よく不定根形成が認められ,また,塊根粗抽出物の添加は,サイトカイニンを加えた場合と同様の効果を示した。この場合,貯蔵塊根の粗抽出物が収穫直後のものより効果が大であった。また,不定根形成について,培地に添加すべきサイトカイニンの必要量は,品種により差異のあることも確められた。以上の結果から,塊根に内在するサイトカイニンがカルス形成ならびに不定根形成に重要な影響を及ぼし,塊根の貯蔵中にその活性が高まるのではないかと想像された。3)塊根に内在するサイトカイニンの消長を確めるために,感度の良好なダイズカルスを用いて,塊根粗抽出物の生物検定を行った。想像されたように,塊根を貯蔵することにより,内在サイトカイニン活性が高くなることが確認された。また,その活性は,品種により大きな差異が認められた。すなわち,低濃度のサイトカイニンを含む培地で,旺盛な不定根形成のみられた品種では,その活性は高く,不定根形成に,高濃度のサイトカイニンを培地に添加する必要のあった品種においては,内在サイトカイニン活性は低かった。4)カルス形成が非常に緩慢な,ごく低濃度のオーキシン培地(2.4-D0.01mg/l)で培養を行うと,内在サイトカイニン活性の低い品種(中国25号,ベニセンガン)の収穫直後の塊根では,カルス表面に"芽状体"が形成された。培地にさらにサイトカイニンを添加すると,"芽状体"は形成されなくなってしまったし,このような品種の数ヶ月貯蔵した塊根や,内在サイトカイニン活性の高い品種(農林1号,高系14号)の塊根を供試した場合は,"芽状体"は全く形成されなかった。以上の事実より,塊根に内在するサイトカイニンは,"組織円板"における"芽状体"形成を阻害する作用をもつものではないかと想像された。5)アブサイシン酸がサイトカイニンの作用を抑制したと言う報告に基ずき,低濃度のオーキシン培地にアブサイシン酸を添加して培養を行った。その結果,いずれの品種の塊根をいかなる時期(貯蔵期間の長短にかかわらず)に供試しても,不定芽の形成が認められるようになった。アブサイシン酸の,この不定芽形成促進効果を分析するために,サツマイモならびにタバコを用いて種々の培養実験を行ったが,アブサイシン酸は塊根に内在するサイトカイニンの作用を抑制して,不定芽形成に直接影響を及ぼす重要な役割を果したものと考えられた。6)形成された不定芽を切りとり,低濃度のオーキシン培地(NAA0.001mg/l)に移植すると,不定芽の節における不定根形成が促進されて,復原植物体を得ることができた。以上のことから,サツマイモ塊根を起原とする培養組織においては,塊根に内在するサイトカイニンがカルス形成および不定芽・不定根形成に重要な意義をもつものであることが明らかになった。すなわち,この内在サイトカイニンが,不定根の形成は促進するが不定芽の形成を妨げる原因であることをつきとめることができた。したがって,サイトカイニンの作用を抑制すると考えられるアブサイシン酸を培地に添加することにより,不定芽を形成させることができたのである。現在なお不定芽形成の困難な植物は多数あるが,本研究で明らかになったように,"組織円板"自身に内在する植物生長調節物質の重要性に着目して実験を進めれば,そのような植物についても,不定芽・不定根形成の条件が明確にされ得るものと期待できる。
- 大阪府立大学の論文
- 1978-03-31