オーキシン型除草剤clomepropの作用機構に関する研究
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概要
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Clomeprop (2-(2, 4-dichloro-m-tolyloxy) propionanilide)は,水稲用選択性除草剤で,ノビエを除く一年生雑草およびマツバイ,ホタルイ,ミズガヤツリ等の一部の多年生雑草を制御する.本剤はオーキシン活性を有し,感受性植物に対して,いわゆるオーキシン型除草剤と同様な症状を示すことが知られているが,除草剤としての詳細な作用機構は明らかにされていない.そこで本研究では,clomeprop処理から枯死までのメカニズムを解明することを目的とし,特にclomeprop処理によって促進されるエチレン生合成との関連を中心に作用メカニズムについての検討を行った.結果は,章別に以下のように要約される.第2章では,まずclomeprop自体が本来オーキシン作用を有するのかどうかの検討を行った.その結果,comepropは原形質膜上のオーキシン作用の受容体と推定されているオーキシン結合蛋白質にほとんど結合しなかったが,clomepropの加水分解代謝物(DMPA)は結合した.さらに,DMPAはclomepropよりもかなり高い生育阻害活性やオーキシン活性を示したことから,clomeprop自身はオーキシン活性をほとんど示さず,植物体内でDMPAに加水分解された後に初めてオーキシン結合蛋白質にオーキシンとして認識され,オーキシン活性を示している可能性が高いことが示唆された.第3章では,clomepropやDMPA処理後に起こる葉のカーリング,葉柄間角度の増大,伸長阻害といった形態異常にエチレンが関与しているかどうかの検討をダイコン幼植物を用いて行った.Clomeprop,DMPA処理後に現れる,葉のカーリングや葉柄間角度の増大はエチレン生成阻害剤(AOA)やエチレン作用阻害剤(NBD)を処理することにより軽減された.また,エチレン生成促進剤ethephone (ETH)処理により,著しく第1葉の伸長抑制が起こった.そして,clomeprop, DMPA処理によりエチレン量の増加,ACC synthase活性の増大が起こったが,ACC oxidase活性の増大は見られなかった.これらの結果から,clomepropは植物体内でDMPAへと変化し,DMPAがACC synthase活性を増大させることにより,エチレン生成量の増加を引き起こしている可能性が高いことが示された.そして,その結果として蓄積したエチレンが形態異常を引き起こしているものと推察された.ClomepropやDMPAが引き起こす生育抑制効果や形態異常の程度は茎葉処理後と根部処理後で大きく異なることが知られている.そこで第4章では,まずclomeprop,DMPAのダイコン根部処理後の形態異常におけるエチレンの関与について明らかにし,そしてさらに第3章の茎葉処理での結果と比較することにより,両処理後における形態異常の差異の発現要因についての知見を得ることを目的とした.その結果,根部処理でもDMPAがACC synthase活性を増大させ,結果として植物体内にエチレンが蓄積することで形態異常を引き起こしているものと推察された.また,茎葉と根部処理間で形態異常の程度が異なるのは,茎葉,根部でのclomepropとDMPAの吸収,移行,代謝の差によって引き起こされる,茎葉部中のDMPA量の差が大きく関与している可能性が高いことを示した.そしてその茎葉部中のDMPA量の差がエチレン生合成の量的,時間的な差を導き,結果的に両処理間での形態異常の程度の差を引き起こしているものと推察された.第5章では,clomepropやDMPA処理後に起こるダイコン幼根からの電解質漏出や側根の発生阻害にエチレンが関与しているかについての検討を行った.その結果,clomepropやDMPA処理により電解質漏出に先立ってエチレン量の増加が見られた.また,エチレン作用阻害剤(NBDやPPOH)を処理することによってエチレン作用を直接的に抑制すると,これらによる2次的なエチレン生成抑制が起こらない段階で,DMPA処理により現れた電解質漏出や側根の発生阻害が抑えられた.また,clomepropやDMPAの処理後の電解質漏出は時間的に細胞死よりも前に起こっていた.これらのことから,DMPAがACC synthase活性を増大させることによって蓄積するエチレンが両薬剤処理後に引き起こされる電解質漏出に関与しており,その膜の完全性損失の結果として側根の生育が阻害されている可能性が強く示唆された.第6章では,DMPA処理後に起こるダイコン幼根からの電解質漏出に,エチレンの他にさらに活性酸素が関与しているかどうかの検討を行った.その結果,clomeprop,DMPA処理後の電解質漏出や側根の発生阻害は,フリーラジカルの消去剤(tiron, ascorbate),^1O_2の消去剤(L-histidine, dabco),・OHの消去剤(formate, benzoate)を前処理することにより軽減された.そしてそれは特に^1O_2消去剤の前処理により顕著に現れた.しかし,フリーラジカルの消去剤,^1O_2の消去剤の前処理はDMPA処理後のエチレン生成量に影響を与えなかった.また,フリーラジカルの消去剤や^1O_2の消去剤の前処理によりDMPA処理後の過酸化脂質量の減少が見られた.さらに電解質漏出や側根の発生阻害の程度と過酸化脂質量との間には高い正の相関関係があった.これらの結果から,clomeprop, DMPA処理後に起こる電解質漏出には,エチレン以外の要因として活性酸素(特に^1O_2)による膜脂質の過酸化が深く関与している可能性がある.そしてその活性酸素はエチレン生合成量を増大させることによって電解質の漏出を引き起こしているのではなく,膜の過酸化に直接的に作用している可能性があることも示唆された.以上の結果から,感受性植物におけるclomepropの作用機構は次のようになるものと推察された.Clomepropは植物体内でアリルアシルアミダーゼによってDMPAに加水分解される.そしてそのDMPAが,オーキシン結合蛋白質に結合することで初めてオーキシン作用を発現するようになる.その後,DMPAはACC synthase活性を増大させることにより,多量のエチレンを生成させる.このエチレンが茎葉部での形態異常や根部での電解質漏出,側根の発生阻害といった症状を引き起こす.このDMPAの作用が,clomeprop処理から植物体枯死に至るメカニズムに大きく関与しているものと思われる.また,DMPA処理後の電解質漏出には,エチレンの他に^1O_2が関与していることが示唆されたが,エチレンと^1O_2がどの様に関わっているのかについては,今後さらに検討する必要があるだろう.
- 1998-03-31