新「とはしり」考(仲宗根政善先生追悼特集号)
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概要
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オモロに出るハシリ系詩語は、禁中内裏語における戸の呼称を語幹にもつ美称辞である。戸の仕様にはなお不確かな点はあるが、「百浦添御殿……御絵図」一七六八に記入された二枚折り戸にほぼ当るものであろう。このハシリ系詩語は沖縄本島北部や諸離島の古式ウムイのなかに若干の例が残っている。首里系の古式ウムイでは語尾が例外なくルであるが、中本一九八一の「ハシル系」の分布図からも、ハシリが古く、ハシルに先行したことが容易に理解できる。沖縄本島北部・国頭の古式ウムイにはハシリ系詩語を用いながら、戸ではなくて、明らかに主屋正面の開口部を謡っている事例が少なくない。トハシリ語型を保有する場合もあるが、ト(トゥ)ハシ(リ)グチのように様々の語形が簇出し、沖永良部島のユタ口に及んでいる。主屋正面の開口部に神を送迎し、また此処に神を祀る現行民俗がある程度の時間的奥行をもつことは、久高島・久米島などの離島や首里旧士族層の伝承からみても、また仲宗根一九八二による今帰仁の伝承によってもほぼ確実であり、我部祖河一人士の観念を民間語釈による恣意と咎め立てすることは正しくないと考えるに至った。「(ト/トゥ)(パ/ハ)シ(リ/ラ)グチ」型の民俗語彙は、トハシリ系詩語とは、もともとその民俗史的背景を異にしていたのではないだろうか。この視点に立つ時、トカラ列島南端の孤島・宝島が視野に大きく浮かんでくる。この島の人々、とくに司祭者集団は諸祭祀に先き立って潮垢離をとり、トバシラから島の神々を拝む。神は村落祭祀体系の祭神であり、また孤島の生活を支える航海の守護神、豊漁の神でもある。これは薩摩半島の海村に広くみられるトバシラの民俗信仰と対応している。港口に坐すトバシラは航海の守護神であり、エビス信仰と重合しあう豊漁の神である。とりわけその一要素である海石崇拝の習俗は、この習俗が村落祭祀であるか家内祭祀であるかという次元の差を捨象すれば、遠く沖縄本島の離島・久高島にも類例が認められるといえよう。あえて管見をメモするならば、ハシリ系詩語およびトハシグチ系民俗語彙を要素にもつ固有琉球社会圏の存在があって、その一方、本土的民俗事象のコンプレックスとしてトバシラ信仰が北方から波及してくる。両者の民俗史的先後関係はなお不明であるが、沖縄現行民俗にみられる錯綜は、トハシ(リ)グチとトバシラという語形的にも紛らわしい二つの民俗集団表象の遭遇に原因するものであるのかもしれない。
- 法政大学の論文
- 1996-02-01
著者
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