戦国期茶の湯成立の一背景
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概要
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戦国期から江戸時代初期にかけて、茶の湯という文化が政治経済のうえで重要な役割を果たした時期があった。織田信長をはじめとして豊臣秀吉・千利休そのほか多くの武将たちがその中心であった。茶が持つ「結縁性」これこそが戦国期を通じて武将たちが茶の湯に腐心した最も大きな理由であろう。戦国時代100年間は室町時代の古い権威や、心の拠り所であった宗教が否定され、戦いにおいては親兄弟といえども裏切られることの多い時代であった。そうした中にあって「茶を点てる方とそれを飲む方」との間に結縁性が自然に生じる現象を認識した武将たちは、互いの関係確認の為に茶の湯を利用するようになった。密接な関係を確認するために、他人の入らない「数人」のみで茶の湯が出来る非常に小さな茶室が造られた。戦国の世は常に「死」が側にある。そのためそこから生まれた茶の湯の芸術は美術的価値観よりも「冷え枯れた」精神的なものに比重がおかれる「わび」の美へと傾倒していったのである。こうして千利休によって大成された「茶の湯」は現在も生きている。
- 嘉悦大学の論文
- 2005-04-30