北海道芦別産の中新世サキペンペツ植物群について
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概要
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北海道の石狩炭田東北部の芦別地域において, 芦別川支流のサキペンペツ川上流には, 中新世植物化石の産出が古くから知られていた。この植物群は, 北海道中央部における中新世植物群として, 新第三紀森林変遷を論ずる上に重要な位置を占めるにもかかわらず, 従来の研究は予報的な域をでていなかった。このたび, 筆者はこの化石植物群を詳細に検討して, その生態的環境・森林群落・古気候などを考察し, あわせて地質時代を論じた。 サキペンペツ川に沿う地域では第1図に示すように, 白亜紀函渕層群の上に不整合に古第三紀の石狩層群・幌内層群, さらに紅葉山層が発達する。古第三系を不整合に覆って, いわゆる"川端層群"がサキペンペツ川上流流域に広く分布する。含植物化石層はこの川端層群の基底部の約60m厚の部分で, 砂岩と泥岩の互層から成り, 数層の劣質石炭の薄層が挾在する。 サキペンペツ植物群は18科・23属・35種から成り(第1表), その大半は被子植物である。植物群の組成はほとんど温帯性樹木から成り, 暖温帯樹木はまったく含まれていない。とくに, ヤナギ科・クルミ科・カンバ科・ニレ科・カエデ科などに属するものが, 種数および個体数とも多い。採集個体数863個に対する各種の産出頻度を検討すると(第3表), 水生植物は4種で28%強, 残りの31種は樹木種である。1%以上の頻度を示す樹木は15種あり, Metasequoia, Salix, Populus, Pterocarya (2 sp.), Alnus (2 sp.), Betula (2 sp.), Carpinus, Ulmus (2 sp.), Cercidiphyllum, Hydrangea, Acer などで, それらの頻度の総計は67%に達する。この組成と頻度は含化石層についての花粉分析の結果(佐藤, 1970)とよく似ているが, 葉化石では認められなかった Picea, Tsuga などの針葉樹花粉やウラボシ科胞子などが花紛群の中に多少見られる。 サキペンペツ植物群の古生態学的考察をすすめるために, まずその構成種に近似な現生種を検討し(第5表), それらの現在の分布を見ると(第6表), Comptonia, Platanus, Hemitrapa を除く大半は東亜要素である。しかも, 近似現生種は本邦中部から東北部にかけて分布する温帯落葉樹林("クリ帯"林)や, 中国中部に分布する Mixed Mesophytic Forest∿Mixed Northern Hardwood Forest の中にもっとも多く見出だされる。また, 北米東部要素もわずかに認められるので, アパラチヤ山系北部の山地∿溪畔林の組成とも比較した。これら各地域の代表的な森林組成と比較考察を行なって(第7・8表), サキペンペツ植物群は本州中部の山地低斜面または谷沿いの落葉広葉樹林, および中国揚子江沿いの丘陵地の森林にもっとも似ていることを明らかにした。近似現生種の分布・化石種の産出頻度などから考えると, サキペンペツ植物群の構成種は水生群落・沼沢地群落・湖畔∿河畔林・溪畔林・山地斜面林の5群落に分けられる(第9表)。これらの中で水生群落から河畔林の植物が化石個体数としては多く, 種類としては溪畔林から山地林のものが多い。しかし花粉記録を除いては, 山岳林群落からもたらされた樹木種は認められない。要するにサキペンペツ植物群は, 当時の湖畔から溪畔にかけての落葉広葉樹林を代表すると推定される。近似な組成を示す現生の森林分布地付近の気候資料を参照すると(第10表), サキペンペツ植物群の示す気候は, 年平均気温10°-13℃, 年平均降雨量1,100-1,500mm, 冬季月平均気温は1°-3℃で気温が氷点下になることはほとんどなかったと推定される。また, 温量指数80°-110°, 寒さ指数-5°-13°の気候と考えられる。 時代考察のために東北日本における中新世初期∿後期の既知の12植物群と比較すると(第11表), サキペンペツ植物群は中新世初期∿中期の植物群ともっとも多くの共通種を有する。しかも, 温帯∿温冷帯樹木のみから成り, 中期(台島型)の植物群に一般に認められる Castanea, Quercus, Liquidambar やクス科などの暖温帯樹木を含んでいないという点では, むしろ中新世初期(阿仁合型)の植物群に近似する。一方, その地理的位置や Comptonia を含むという点を考慮すると, 中期の植物群の北方タイプともいえる。したがって, サキペンペツ植物群は中新世初期から中期への漸移的な組成を示し, その地質時代は中新世中期と結論されよう。
- 1971-11-30