政策計画の理論的枠組 : 米国の低所得層向住宅政策の理念と計画(梗概)
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概要
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この論文は,米国の1970年代の顕著な2つの動向,家賃補助(住宅手当)実験事業と政策評価について検討する。そしてこれらを,米国の住宅政策研究および政策の計画実施が,計画科学としての合理性を整える上で大きな役割を果たしてきたものと位置づけ,その中から政策研究と計画の理論的仮説的枠組を考察しようとするものである。家賃補助実験事業(EHAP)は,1970年代初頭から10年余りをかけた大規模な社会実験事業であった。事業実施の背景には70年代の経済不況と政治状況が作用したが,主には60年代後半に急増した供給サイド重視の住宅諸施策の欠陥が指摘されたことから住宅戦略の変換が意図されたといえる。家賃補助制度への期待は特に(i)公正配分,(ii)費用効率性,(iii)個人の居住選択の自由,(iv)既存ストックの改善,の4点にあった。そして実験結果をみた上で,分岐している諸施策を家賃補助制度に単一化総合化できるものと考えられ,12都市で実施された。事業自体の結果では,公的負担を減少しながら数多くの住宅困窮世帯にサービスを提供できるものとして有効な施策と評価されるが,既存住宅のストックの向上には大きな効果はなく,個人の住環境選択の自由も期待されたほどの拡大を示さなかった。また低所得層向の新規住宅供給の必要性が再確認され,単一化された需要サイドの住宅補助施策として全国的に採用されることはなく,既存施策の修正に役立たせる範囲に留まった。だが研究上においては次のような意義を持つ。すなわち実験事業は,現実の事業と異なり,政策決定という段階を持たないが,そのプロセスを整理すると,目的設定一戦略選択-実施-評価,と進められた。これにより政策の計画プロセスと研究,調査を総合的に整えた貴重な事例といえ,現段階での米国の住宅政策研究の理論的計画的枠組と範疇をまとめ得るものである。政策評価の考え方は特に1960年代後半の「貧困との戦い」事業から生まれた社会政策,改良事業の評価の思潮から起ってきた。政策評価の必要性に対する認識は,評価基準の必要性,政策目的の明瞭化の要請,価値判断(規範)の必要性をもたらした。評価基準の必要性はさらに評価軸,測定方法,判定規準等をも整えることを要請する。住宅政策の分野では70年代初頭,アーロン,ダウンズ等の研究および理念の提起を経て,1973年住宅都市開発省(HUD)が既存の政策の評価を行った。アーロンの示した「公正」の概念は,住宅補助金政策を公的介入による低所得層に対する所得配分として把え,「公正」を配分政策の基本としたところに重要な意味がある。ダウンズは,公共財政の健全性という観点からの評価軸を示したといえる。住宅都市開発省は,「公正」「効率」「インパクト」を主な評価軸として,可能な範囲での数量化による比較を示した。「公正」概念は,施策サービスの配分を所得階層との対応関係から考察することにより配分の偏在を明らかにするもので,公共政策としての住宅政策が,準公共財としての住宅に対する公共支出の「公共性」と合致しているかを問うものであった。これは60年代の経済学の動向から影響を受けた概念と考えられる。具体的指標としてHUDは「垂直的公正」と「水平的公正」をあげているが,特に「垂直的公正」において基本的に便益が下にいくほど厚く増加すべきだとしている。「公正」の明瞭な提起は,住宅政策の理念を問う上で不可欠な意義を持っている。上述の政策評価に加え,主にフリーデンによるEHAPの評価を合わせて考察し,仮説的に住宅補助金施策の評価の枠組を提示すると,評価軸としては,(i)公正配分,(ii)事業実施の容易性,(iii)影響効果,(iv)費用効率性,(v)卒業可能性,があげられる。さらにこれらの評価軸は,測定方法,判定基準が示されることによって政策評価にある範囲での合理性を持たせることが可能である。住宅政策研究は仮説的に,制度(法制)研究,政策決定過程をめぐる研究,および計画研究に大別できる。米国の住宅政策研究を計画研究の側面からみる時,政策をひとつの計画サイクル(計画プロセス)に沿ってとらえることによって,研究課題が整理できる。計画サイクルは,あるべき政策理念の研究を出発点として,<政策・施策の目的の設定-戦略の選択-政策決定-実施-評価>を主要段階として成立すると考えられる。その各段階に研究調査,情報が積み重ねられる必要があり,特に評価は,政策研究を計画科学として整える上で今後も重視されるべきものといえる。
- 1985-03-30