脱・環境ホルモンの社会, 吉村仁・竹内浩昭・中桐斉之薯, 三学出版, 2002年, B5判, 160頁, 1800円
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概要
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わが国において,環境ホルモンが世間の注目を浴びてからすでに数年が経過した。この間,水産学の分野でも生物,食品あるいは海洋環境に関わる多くの研究者が環境ホルモン汚染の問題に取り組んでおり,その成果は学会,シンポジウムおよび研究集会などで積極的に公表されてきた。もちろん,医学,薬学,環境毒性学,環境工学などの分野を加えると,環境ホルモンに関連した研究成果は膨大な量になる。しかし,これまでの研究を総括し現在の環境を改善するための新規研究や,そのような視点に立った解説書は決して多いとはいえない。ここに紹介する,「脱・環境ホルモンの社会」は環境ホルモン汚染の現状ばかりではなく,その背景となる生物学的あるいは社会的情報にもふれ,環境ホルモン社会からの脱出に視点を置いた興味ある一冊である。したがって,本書は環境ホルモンの生物に対する影響を知らしめることに主眼をおいてはいない。むしろ,環境ホルモンの問題を通して人間が他生物と共存することの意味を考え,今後どのように社会を維持していくかについて考える機会を提供することに本書の価値があるよう様に見える。本書には水生生物における環境ホルモン汚染の実態やそれを考える上で必要となる生物学的背景についての記載も多い。特に環境ホルモンによる魚類の性の撹乱を理解するためには,魚類の性の曖昧さを生物学的に必ず理解しておかねばならないが,この問題が詳しく解説されている。この項は本学会の会員である小林牧人氏が執筆しており一読に値する。しかし,野生生物やヒトへの影響などに関する最新の研究成果の記載は決して十分なものではなく,近年出版された多くの専門書にくらべやや貧弱である。また,環境ホルモン問題を様々な視点で幅広くとらえているため,一つ一つの問題に対する掘り下げは十分であるとはいえない。これまでの環境ホルモン解説書と異なり,自然科学から人間科学にまで話題を広げているため,限られたスペースの中では深い論議を期待できないとはいえ,もう少し最新の動向を拾えなかっただろうか。この様に本書に対する要望はあるものの,環境ホルモン問題を改めて考え直すきっかけとなる一冊である。
- 公益社団法人日本水産学会の論文
- 2003-03-15