「政治階級」概念の変質 : G.モスカ『政治科学要網』再版第二部の基礎理論
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概要
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I はしがき 1896年4月、38歳で『政治科学要網』(以下、『要網』と略記)を刊行したモスカは、1923年4月、65歳にしてその再版を刊行した。初版から再版にいたるこの27年は、イタリアにとってもモスカ自身にとっても、変化に富んだ年月だった。全国的な暴動に明け暮れた世紀末から新たな20世紀に入り、いわゆるジォリッティ時代における経済発展と南部問題の深刻化、男子普通選挙制度の導入による民衆統合の試みと社会・労働運動の過酷な弾圧、第一次大戦とその後における社会・政治構造の混乱、自由主義国家体制の危機、とめまぐるしい展開を経たイタリアに、危機の救済者であるかのように、ファシズムが登場した。この間モスカは、『要網』初版刊行から三年後の1899年、トリーノ大学法学部の正教授となり、1909年には郷里のシチリアから下院議員に選出され、政界にも登場する。1914年から16年には、第二次サランドラ内閣の植民地担当政務次官も努める。1912年末には国王から上院議員に指名される。そして、自由主義右派の政治家として議会の内外で選挙権の拡大・普通選挙制度の導入に反対の論陣をはるなど、現実の政治の場で活動を続けながら、ムッソリーニ「連立内閣」成立(1922年11月)とほぼ同時に『要網』再版を脱稿し、翌年4月これを刊行したのである。この再版は、初版を第一部とし、それに全六章から成る第二部を付加したものであ。そして後者は、あえて大まかに区分すれば、具体的な情況論ないしは情況へのアピールとみなされる最終章「結論」と、その理論的前提ないし基礎とみなされる第一〜五章から成っている。ここでは、この再版第二部第一〜五章の基礎理論を検討してみることにする。具体的にはまずモスカ理論の核を成す「政治階級」概念に焦点を定め、その意味内容が初版におけるそれと比較してどう変化し展開しているのか、あるいはしていないのかを明らかにしていきたいと思う。そしてその上で、概念の当の変化・展開がどの程度に理論総体の変化・展開をもたらしているのかを明らかにし、かつ、そうした結果をもたらしている思想の内部的要因は何なのかをも明らかにしたいと思う。というのも、管見の限り、これまでの内外のモスカ論の中には、再版と初版における理論の、とりわけ「政治階級」概念の異同を丹念に分析し明確化することに必ずしも意を注がないまま両者を同一の概念、同一の理論と暗黒のうちにみなしているものが少なくないし、両者の差異を説いているものでも、再版における理論の変化・展開の程度ないしその限界、限界をもたらした思想の内在的要因、などに関する洞察も考察もなさないままに終始している、と思われるからである。こうした欠陥に陥らずに我々の目的をとげるためには、再版第二部の基礎理論におけるモスカの理論を、煩をいとわずできるだけ丹念に、しかし批判的に追跡していかねばならない。
- 1992-10-20