メディチ家と兄弟会 : コジモからロレンツォへ
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概要
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兄弟会(confraternity, fraternity, brotherhood ; confraternita, compagnia, congregazione, scuola, societa ; confrerie ; confradia ; confraria ; Bruderschaft ; broederschap)とは、中世以来一般信徒の市民が神への愛と隣人愛のために自発的に組織したボランティア団体(associazloni, corporazioni)のことで、兄弟団、信心会、同信会、宗教ギルド、信徒会、信徒組織、組、講、講中などと訳されている。先駆的な研究としてはモンティの論考があげられるが、兄弟会に対する関心が高まり本格的な研究が開始されるのは、1960年にペルージャで鞭打ち苦行運動700周年を記念して国際学会が開催されて以後のことである。そして近年の兄弟会研究にさらに拍車をかけたのは、89年春にトロントで〈ルネサンスの兄弟会における儀礼と娯楽〉と題して開催された学会である。これを契機に、アイゼンビヒラーとボゥエンが中心となってThe Society for Confraternity Studiesが創設され、年2回春と秋に機関誌Confraternitasが発行され、会員によって寄贈された図書資料はトロント大学のThe Centre for Reformation and Renaissance StudiesにThe Confraternities Collectionとして収蔵されることが認められた。また、学会活動も活発に行なわれるようになり、学際的な研究が飛躍的に発展した。こうした兄弟会研究のめざましい進展の中で最も研究が進んでいるのがフィレンツェである。中世・ルネサンスから対抗宗教改革、さらには18世紀末のピエトロ・レオポルド大公の啓蒙主義的改革による宗教組織に対する弾圧の時代までのフィレンツェにおいて、兄弟会が政治・経済・社会・宗教・芸術など市民生活全般にわたって重要な役割を果たしていたこと、そして兄弟会の活動にメディチ家が直接ないし間接的に関わっていたことが多くの研究者によって明らかにされた。ハットフィールドは、マージ(マギ、三王、東方三博士)兄弟会(Compagnia de' Magi, 1390c.)とメディチ家との関わりに注目し、1月6日の主の公現の日に催されたマギ祭にコジモらが積極的に参加したことを明らかにした。トレクスラーは、メディチ家がその政治的基盤を固めるため、兄弟会のみならず、ポテンツァ(potenza)と呼ばれる職人・労働者の若者を中心とする祭り組を後援したことを指摘した。そしてワイスマンは、共和制時代の兄弟会が、市全域から多様な職種や階層の人々を会員として受け入れ、平和と和解の通過儀礼により日常の親族や隣人や仕事関係のしがらみから解放し、非日常的な新しい友人-兄弟関係を打ちたてる契機を会員に与えたこと、とくにサン・パオロ兄弟会(Buca di San Paolo, 1434)が、これから市政に参加しようとする20代後半から30代前半の富裕な市民層の若者を引きつけたことを明らかにした。最近ではヘンダーソンが、1240年から1499年までのほぼ2世紀半の間にフィレンツェ市内に163の兄弟会が存在したことを確認し、それらを鞭打ち苦行型のディシプリナーティ、ラウダ(讃歌)歌唱型のラウデージ、慈善兄弟会、青少年兄弟会、職人兄弟会の5つの類型に分けて、中世末期フィレンツェの兄弟会の総合的研究を行なった。日本でも最近、根占献一らによってメディチ家と兄弟会との関わりが注目され始め、ロレンツォが青年時代から多くの兄弟会に関わり、兄弟会の慈善や祭りなどの活動を通じて幅広い人脈を形成し、それがひいてはメディチ体制の形成に寄与したのではないかと言われている。メディチ家と兄弟会との関わりの重要性については、現在すべての研究者が一致して認めるところであろう。しかしながら、メディチ家がどのような兄弟会とどのような関わりをもったかについて、個別の実証的研究が行なわれるようになったのは、ごく最近の90年代以後のことである。本稿がねらいとするのは、第一に、兄弟会に関する近年の研究動向を追いながら、メディチ家がどのような兄弟会とどのような関わりをもったかについて現在までに明らかにされたことをまとめること、そして第二に、それをふまえて、メディチ家にとって兄弟会はどのような存在意義をもっていたのかについて、現在の私なりの考察を加えることである。
- 2000-10-20
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