ボッカッチョの世界 序説
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概要
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ボッカッチョの生きたグラン・トレチェントは十三世紀に於て飽和点に達した中世よりの諸要素を、古代の光と新しい意欲とを以て、次に来るルネッサンス黄金時代へ転換させる重要なかなめとなった時代だった。ルネッサンス観、あるいは中世観の移動と共に、この偉大なる十四世紀は、或時はその新傾向が、あるいは旧傾向が強調されたり、又或時は両傾向混在の複雑性が強調されて論ぜられてきた。社会的、経済的には中世期から明確に変化しつつあったこの時代も、思想問題となるとはっきりとした区劃をつけることはむずかしい。しかし超自然界が無意識的にさえ人々の思考の裡に入っていた中世との違いは、十四世紀人が超自然と切離した自分を考えることが出来るようになったことである。そしてそれは皮肉にも中世がその信仰を弁護するためにとり入れたと同じ古代思想が道具となって、しかも中世思想自体の裡にはぐくまれてきたのである。それ故自己の理性の裡に自然界を閉じこめる主理的な近代精神の萌芽期としてのトレチェントを、中世思想の中心であった神学の根本問題からたどって眺めてみたいと思う。 註(1)実証主義華やかなりし、反僧侶的十九世紀はルネッサンスを中世の暗黒と迷信に対する光と自由思想の勝利として解釈し、その新傾向を強調した。Burckhardt, De Sanctis, Symonds等もこの傾向をとりがちであり、その他Voigt, Geiger, Mounier, Pastor, Alfred von Martin等もこの一派であろう。これに対して、H.Thode, C.Neumann, K.Burdach, W.Pater, J.Huizinga, E.Walser等はルネッサンスの複数性を強調する。又中世研究が進んでくると、一部の中世紀学者や正統派神学者によってルネッサンスの中世的要素が強調された。
- 1957-01-31