パオロ・サルピとヴェネツィア聖務禁止令紛争
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概要
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パオロ・サルピPaolo Sarpi(一五五二-一六二三)は、祖国ヴェネツィアが教皇によって聖務禁止令を課された際に、執筆活動によって祖国を弁護し、反宗教改革教皇権の強大化を批判して一躍有名になった人物であり、現代においてはまた、史学史に残る傑作『トレント公会議史』の著者として知られている。 彼は修道士でありながら、常に国家権の教会に対する優越を主張し、教会の堕落を批判した人物であった。彼の著書『聖職録史』Trarrato delle materie beneficiarie(一六〇九年頃完成)は、世俗的財産を全く持たなかった原始教会が、財産を蓄え、世俗的欲望の塊となっていく過程を、聖職禄制度の発展の歴史を通じて描いたものであり、一言でいえば教会史を堕落の歴史と捉えている。そこには、彼と同時代のカトリック教会の有様に対する絶望が感じられるが、彼はこの絶望的状態の直接の原因をトレント公会議に求めた。『トレント公会議史』Istoria del Concilio Tridentino(London, 1619)は、公会議における討論や公会議を取り巻く政治状況の分析を通じて、この公会議が全くの失敗であったこと、即ち教会の改革と統一のために招集されたはずの公会議が、かえって更なる教会の堕落と教皇権の強大化を結果したことを示そうと意図したものである。 修道士であるサルピが、いったいなぜこのような激しい教会批判を行なうに至ったのだろうか。修道院内で平穏な学究生活を送っていた彼を、政治の表舞台に引き出し、教皇権に対する闘争に携わらせたものは、聖務禁止令紛争であった。紛争の後彼が著した、前述のような歴史叙述作品も、この紛争を契機として彼が明確に把握した問題意識の上に支えられているのである。 本稿では、この紛争中とその前後におけるサルピの思想と行動を検討し、サルピの生涯におけるこの紛争の意味を考察すると共に、彼の思想が生まれてきた環境、既ちヴェネツィア貴族の精神風土にも触れてみたい。
- イタリア学会の論文
- 1986-03-15