ボッティチェッリの寓意的世界 : 異教的主題をもつ作品群の思想的背景とその芸術表現をめぐって
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概要
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サンドロ・ボッティチェッリという画家に対しては、私達は、様々な研究の視角や鑑賞の仕方を持ちうる。人は彼が生きたフィレンツェのクァットロチェントという特殊な時代を探ることによって、その作風の変化の幾分かを理解することができるし、絵画の線や色彩、構図等の比較分析から、彼の美術的特質を把握することもできるだろう。又、彼の画中の人物たらの顔に浮かぶ「言うに言われれぬ憂愁の感情」故に彼の絵を愛することもできるのである。しかし、およそ一四七八-八三年頃、即ち画家の壮年期に描かれた異教的主題をもつ何点かの作品については、更にもうひとつ別の視点が加えられねばならない。現代の私達は、サンドロの絵の美しい線や人物の独特な表情、画面全体の雰囲気だけで充分に満足するが、そうしたこととは別に、この時期の作品は、そこに託された或る意味を伝えようとしているからである。つまり、画家と同時代の人々にとっては恐らく自明のことであったろうが、現代とは異なった絵画の知的な見方が要求されているのである。この時期のボッティチェッリの作品の背後に綿密に組み立てられた意味そのものは、彼自身が考え出したものではなく、多分当時のネオ・プラトン主義の思想を背景にもつものであるが、ボッティチェッリの芸術を媒介として表されている以上、私達はそれを探らぬわけにはゆかない。サンドロの繊細な抒情性を感じ取るのに人は言葉を必要としないけれども、彼が同時に持ら続けていた全く別の一面、しかもとりわけ現代では看過されがちな彼の透徹した知性への欲求については分析が必要である。絵画における画家の知的側面に関するこの分析は、作品の美的価値づけとは異なる次元で行われ、最終的には作品に投影されている作者自身の個体性を超えた、時代の精神的態度を把握することを目指す。従ってこの方法を推し進めてゆくと、一人一人の画家に特有の芸術性は無視されがちである。しかし、作品の美的価値と時代の精神的態度とは、実際には必ずしも相入れぬ対立項という訳ではなく、両者はかなり相関的な関係にある。このように画家の芸術性と時代の思潮とが見事に結びついた例として、本稿ではボッティチェッリの異教的主題をもつ作品群を取り上げてみたい。
- 1984-03-15