マッツィーニと彼の青年への訴え(一)
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概要
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ジユゼッペ・マッツィーニGiuseppe Mazziniが、「青年イタリア」、「青年ヨーロッパ」と言ういわゆる「青年」運動でもって訴えた青年Giovineという思想は、イタリアの独立・統一運動だけにとどまることなく、十九世紀の民族運動の中でも大きな意味をもっていることは周知の事である。すなわち、この「青年」の意味するものは、若い世代によって構成される政治・思想運動ということの他に、一七八九年に源を発する政治的潮流に代わる新しい思想ならびに政治組織への希求であり、神聖同盟というヨーロッパの専制的支配体制を打ち破り異民族支配下の諸民族がそれぞれ独立を達成し、かつそれが人民Popoloとして同盟しなければならないという雄叫びであったからである。さて、本稿は、第一次「青年イタリア」(1831年)、「青年ヨーロッパ」(1834年)そして第二次「青年イタリア」(1839年)のそれぞれの結成過程、政治綱領そして具体的な活動を通して、それらがイタリアのリソルジメント運動のみならず、十九世紀ヨーロッパの民族運動・民主主義運動の中でいかなる歴史的意義を有するかを究明するものである。
- イタリア学会の論文
- 1974-03-20