『婚約者』について : マンゾーニのrealismo
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概要
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この『婚約者』には《Storia milanese del secolo XVII scoperta e rifatta da A.Manzoni》という副題が付されている。イタリア語のStoriaは英語を例にとれば、HistoryとStoryの両方の意味を内包している。これはしかし単に言語上の気紛れではない。言葉の裏にはそれが象徴する何らかの実体があるはずであり、それが使い分けられるようになってゆくには、それだけの文化史的背景がある。曾つて物語が歴史をその内に含み、歴史としての役割を果していたことは歴史上の事実である。だが歴史は物語要素を徐々に排してゆき、純粋に批判的、換言すれば学問的になって科学の仲間入りをするようになっている。物語はその逆に美的要因として純粋に詩(ポエジー)を追求するものとしての一形式に過ぎなくなり、その本質は詩其ものとして把捉されるに至っている。マンゾーニはこの詩(ポエジー)と歴史の統一・調和に心を砕いた。だが一旦各々別々の道を進み始めてしまったものは決して再び元のように一体になりはしなかったようである。此処ではマンゾーニの詩学の内容には詳細には立入らない。ただマンゾーニが歴史の真実とか事実とかを問題にする時、常にそこに詩(ポエジー)を対峙させているその姿勢が目につくのである。歴史家の立場からすれば、歴史家にとって重要な問題は歴史の真実であり事実であって、詩(ポエジー)と歴史を対峙させるような態度で詩などにかかずらいはしない。それ故、マンゾーニが優れた歴史家であったというのは一つの比喩であり、決して我々が歴史家と見做している本来の歴史家ではない。だがマンゾーニが何故詩と歴史ということに頭脳を煩わしたかというと、それはマンゾーニその人の事を等閑にできない几帳面さと、想像(immaginare)するよりも瞑想(meditare)するといった哲学的な気質にも寄っているが、詩と歴史という観念の連合の由緒はやはりその時代の文芸風潮とは切り離せないようである。
- 1973-03-20