イタリア語の性に関する語彙をめぐって : 転用とその意味構造論
スポンサーリンク
概要
- 論文の詳細を見る
アナロジイは言語に固有の作用である。言語が表わさねばならない「経験の具体性は無限であるが、語彙の最も豊富な言語の資源でさえ、厳密に局限されている。従って是非とも無数の概念をいくつかの基底概念の標題の下に集め、他の具体的または半具体的な表象を機能的媒介者として用いなければならない。」そこで、例えば「同一の関係概念は同一の様式で表わされる。」-(Sapir)一般に、意味サレルモノ(significato)の同一性ないし類似性は、意味スルモノ(significante)の同一性または類似性として表わされる傾向がある。Saussureは歴史的音韻変化によって規則性が消え、多様な形態が生れる時、アナロジイが再びそれらを結びつけ、秩序をうちたてることを指摘している。例えば、ラテン語の古形honos : honosemは、後者のsがrに音韻変化をしたために、honos : honoremとなり、語根が二重の形態を持つにいたった。すると、orator : oratoremをモデルとして、主格honorがあらわれ、二重性が排除されていた。あるいは、フランス語で、永く用いられていたnous prouvons, ils preuventという形態は、今日では、il oriyve, ils prouventと変わっている。このような言語の構造性は、「言語学にとっての不変的問題」、すなわち言語記号の恣意性(arbitrieta)を疑わせるに足るものである。言語記号は、a prioriには恣意的だとしても、a posterioriには有契的(motivato)ではないか。もちろん Saussure自身も、言語によって、《語彙的》言語(中国語を例に挙げている)と《文法的》言語(極端として、エスペラントのような人工語)の様々な段階があり、また語彙の中にもproduttivoな(多くのアナロジイのモデルになる)ものと、sterileな語とがあることを注意しているように、絶対的ではなく、統計的真理の問題なのだ。それは、Saussureが扱っている形態論のレベルだけでなく、音韻論、意味論のレベルでも認められる。Ullmannは、母音[i]が小さいことを表わす象徴的価値として、多くのヨーロッパ語で使われているという。little, slim, thin, wee etc.(英語)、Kis, Kicsi, pici(ハンガリー語)、mic(ルーマニア語)petit(フランス語)、piccolo(イタリア語)。母音[i]は日本語でも、chiisai, chibiなどにあらわれているが、イタリア語の例には、酷使される縮小辞の-ino, briciolo, chicco, bambino, bimboなど付け加えることができる。これらの語では、常に、piccoloのように、[i]を含む音節にアクセントが置かれ、強調されていることが分る。Ullmannは、音声と意義との間のある程度の普遍性をもった関係の有無を問うている。しかし、各音素はそれが属する音韻大系の中で機能するのだから、各言語の内在的分析が先行することはいうまでもない。 イタリア語では、対立的に大きいことをあらわす音素として、/o/あるいは/〓/が見出される。いわゆる拡大辞の-one, grosso, enorme, etc.この場合、/o/(または/〓/)と/i/との間の調音上の差異(奥舌一前舌、半狭一狭)が、大と小との意味の対立に使われているといえる。この現象は、Jakobsonに依れば、「ある種の音韻対立に固有の、潜在的な共感覚価値(synesthetic value)にもとづいている。」Rimbaudの詩を想い出すまでもなく、音韻からはしばしば色や形が連想される。ハンガリー語を母国語とする者についてのテストでは、以下の結果がでている。i, i, 白。e, 黄色。e, より暗い黄色。a, ベージュ。a, くすんだベージュ。o, 濃紺。o, 黒。u, u, 生々しい血の色。ここでは、「これらの色の増大するchromatismは、(舌の位置の)最も高い母音から最も低い母音への移行とパラレルな関係にあり、明色と暗色のコントラストは、感覚作用が異常にあらわれるuに関する場合を除けば、前舌母音と奥舌母音との対立とパラレルである。円唇前舌母音のambivalentな性格も明確に指示されている。すなわち、oとoは、極めて暗い青色の下地に、明色の斑点が散乱した様態に、uとuは、バラ色の斑点のある鮮烈な赤色に結びつく。」この研究は、必然的に音声システムの生理学的基礎、すなわち脳の構造の考察へ進んでいく。それ故、ハンガリー語に認められた構造は、他の言語にも、程度と様式の差こそあれ、存在するに違いない。Ullmannの提起した問題にも、肯定的な解答の与えられる可能性があるのである。言語記号の有契性(motivazione)の問題は、記号の音声面でも、上の例の他にいくつかの観点から考えることができる。同様に、意味面からの研究も、いろいろ想定することができる。この報告では、以下、イタリア俗語の「性」に関する語彙を調べ、それがどのように構造化されているか調べる。
- 1971-01-20