タビテウエア・サウスに生起する窮乏と主体性の併存 : 人類学における地域経済モデル活用への試論
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概要
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近年の人類学は, その研究実践が多様な批判に晒されながらも, いまだ実地調査を行い民族誌を書くことを方法論的基礎としていることに変わりはない。現在, 民族誌を書くにあたり, 実地調査地を外部世界とつながりをもついわば開放系として捉え, 調査時点を同時代の歴史的一時点とおくことが当然とされる。そこでは世界システム(どのような意味でそれを捉えるかはさておき)に言及することもよく見られる。しかし従来より, 人類学者は世界システムと調査地との溝にとらわれ, 視点の違いを強調する傾向にあった。このような認識に立った上で本論では, 私の調査地であるキリバス南部離島, タビテウエア・サウスで観察された社会経済的現象を, 以下のように世界システムと関連づける。1)オセアニア島嶼地域の政治経済的状況を検討すると, 搾取され低開発に留めおかれるという, 従来の周辺概念を当てはめることはできない。つまり, そこは歴史的に世界システムに巻き込まれながらも, 資源的魅力が乏しく充分に搾取されえない「最周辺」といえる。そこで, この特殊な周辺的状況を説明するMIRAB経済論を中間項として措定し, 「最周辺の周辺」であるキリバスのFFAB経済, さらに離島のタビテウエア・サウスを置いて, 世界システムと微小な調査地との間の段階的架橋を試みる。2)タビテウエア・サウスは, 世界システムに巻き込まれた結果, 人々の生活には外的に窮乏条件が賦与されている。現金収入を得る機会は限定され, 物資は慢性的に欠乏状態にある。これは, 中核国や首都から政治経済的に遠隔の地にあり, 輸入物資や援助資金が充分に到達しない結果である。3)世界システムに包摂された「最周辺」の社会は, 出稼ぎ労働力再生産の場となるが, その内部の社会編成にまで中核国の資本や論理は介入しない。そこに主体性を維持する余地が生まれる。「最周辺の周辺」国家の離島部であるタビテウエア・サウスの社会には, 外部からの介入の力は一層弱い。その社会は世界システムに巻き込まれることで, 歴史的に翻弄され再編されながらも, 現在, 社会の内部には主体性が強く残され, 窮乏に対峙する在地のシステムが有効に作動している。人類学者が都市や中核国を調査するようになって久しいが, いまだ多くの場合, 周辺地域のさらに辺境を調査の場としている。本論の目標は, 人類学者が「開かれた」民族誌を書くための一方策として, 個別地域の特徴的な経済モデルの活用に道を拓くことである。
- 日本文化人類学会の論文
- 1999-03-30