18世紀イギリス都市社会分析のための新視点,「公域」と「都市エリート」 : キングス・リンを中心に
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概要
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「公域」と「都市エリート」概念はイングランドの「長い18世紀社会」を理解する上で有効である。本稿では18世紀のキングス・リンの経験を参考に両概念について議論した後,キングス・リンの都市エリートについて実際に検討する。都市化の表舞台にあった長い18世紀におけるイングランドの地方都市は大きな変化を遂げていた。イングランド都市ルネサンス期とも呼ばれるこの時期の特徴として,とりわけボランタリー・アソシエーションによる活動や文化的生活の充実ぶりが挙げられる。このような都市の成長にともない公域は変化し,その機能も拡大・分化していった。その中で,公域は,統治とソーシャビリティの集合的な領域と解釈できるが,キングス・リンの例は18世紀の公域はとりわけ,地方政府,ボランタリー・アソシエーション,文化・娯楽イベントを中心とする領域,すなわち政治的・社会的・文化的3つの視点からの検討が重要であることを示す。都市エリートは公域と関連させた議論が可能である。都市エリートであるためには,まず公域に参加するために必要とされるだけの資産を持っていることが前提条件であった。そして,さらにそれを元手に公域で統治と社交面を中心とする活動を主導しなければならなかった。具体的には,地方政府機関の重要なポストに就き,数多くのボランタリー・アソシエーションの責任者として様々な活動にかかわり,文化・娯楽イベントに頻繁に参加することによってそれらの「消費」に貢献することを要求された。都市エリートはエリートとしての社会的認識が必要であったが,このような活動を公域で自己顕示することにより,民衆が都市エリートと認識し,またエリート間のソーシャビリティーはエリート内での認識度を高めた。キングス・リンの例は,この時期,複数のエリートが政治,社会,文化的領域に代表される公域のいたる部分で重複・補完する活動をしながら集合的に都市エリートを形成していたことを示している。
- 慶應義塾大学の論文
- 1999-10-25