ヘルダーにおける著作とテクストの問題 : ヘルダー研究への一考察
スポンサーリンク
概要
- 論文の詳細を見る
『言語起源論』(1772)や『人類歴史哲学考』(1784-91)で知られる十八世紀ドイツの思想家ヘルダー(1744-1803)に関する研究は,ドイツ文学研究者ベルンハルト・ズプハンによって1877年から刊行され始めた『ズプハン版全集』と文学史家ルドルフ・ハイムによる二巻本の伝記『ヘルダーの生涯と作品』をもって始まる.それから一世紀以上を経た現在においては,1980年前後に刊行の始まった『フランクフルト版作品集』と『ハンザー版作品集』および『書簡全集』が『ハンザー版作品集』のあと一巻を除いてそれぞれ完結し,ヘルダー研究も21世紀に向けて新たな段階に入ろうとしている.これまでの約120年をざっと振り返ると,草創期のハイムとズプハンはヘルダーの著作や書簡のみならず草稿の形で遺された膨大な文書にもあまねく目を通すことによって初期から最晩年にいたるまでのヘルダー全体を理解していたのに比べて,20世紀以降のヘルダー研究では,冒頭で言及した著作のほか『オシアン論』(1773)や『シェイクスピア』(1773)をはじめとする1770年代から80年代にかけて書かれた個々の著作の研究が主流となってきたことが分かる.しかしこの20世紀に入ってからの研究には大きな問題が二点ある.一つは1760年代の初期ヘルダーと1790年代以降の後期ヘルダーに関する研究が十分に行なわれてこなかったという問題であり,もう一つは著作という完結した形で公刊された作品の研究に主眼が置かれてきたため,ヘルダーの著作活動全体の特質が十分に把握されてこなかったという問題である.これら二つの問題の根幹には,ヘルダーにおける著作とテクストの関係をめぐる特殊な事情が存在する.本稿の目的は,従来の研究に見られる問題点を指摘するとともに,著作とテクストの問題を今後のヘルダー研究の重要な前提として位置づけることにある.以下においては,まずヘルダーが著作というものをどのように考えていたかを「著作の再生」という観点から明らかにした後,この「著作の再生」が「テクストの変容」と不可分のものであることを『旅日記』(1769)を中心に考察する.続いてそこから得られた所見に基づいて,従来のヘルダー研究が陥った方法論上の欠点に言及し,最後にヘルダーの著作活動の特性を,「著作家と読者」の問題と関連づけながら明らかにしたい.なお本稿ではテクストを作品という意味での本文全体ではなく,文がいくつか集まって一定の内容を表現する断章あるいは作品の構成要素として理解する.
- 九州大学の論文