<学位論文要旨>景観構造の分析とその環境保全計画への適用に関する研究
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概要
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第1章序論 日本における今までの環境計画は,経済性や快適性を優先して進められてきた。しかし,開発が進み自然環境が大きく変質してきた現在,環境計画や国土保全ののあり方が見直されている。これからの計画では,自然の一側面ではなく,そのメカニズムを全体として把握すること,様々な人間活動の場でそのメカニズムに配慮することなど,環境保全的な視点を含めることが求められている。環境計画や景観生態学に関する文献をレビューするとともに,計画のレベルやスケール,景観生態学の諸概念を整理した。市町村の基本計画レベルでの指針は,個別の開発計画に対して強い影響力を持つ。そのような地域スケールで得られる環境情報は,環境アセスメント(事業アセスメント)における生態系評価や,さらには戦略的アセスメントにおいても考慮されるものとなる。しかしながら,環境情報の集積および分析に関する研究例は少ない。景観生態学における景観概念は,視覚的な景観を指すものではない。対象とする空間に含まれ,その形成に関わっている諸因子を包括的に捉えた空間の概念である。無機環境と生物環境,さらに人間活動,それらの相互作用までも含む。そのような空間の構造と機能,その変化を扱う景観生態学の概念や方法論は,地域スケールでの分析において有効である。本研究の目的は,市町村の基本計画レベルにおける地理的な環境情報を利用して,地域の環境計画に資する情報を得るための分析方法論を構築すること,その研究事例を提示することである。 第2章対象地域 一般に環境計画は,1つないし複数の自治体を単位として策定される。本研究で扱う地域は,行政区界を基本としながら,自然地理的な境界が明瞭な島を単位とし,広島県瀬戸田地区(生口島と高根島)と蒲刈町(上蒲刈島)を対象とした。国土保全の際の問題点の1つとして,自然と人間の関係が乖離しつつあることが挙げられている。対象地域を理解するとともに研究の指針を得るために,対象地域内外の住民を対象として独自のアンケート調査を行った。地域らしい(好ましい)景観として,アカマツ林や自然海岸などの自然景観,果樹園や観光地など管理の行き届いた人工景観が挙げられた。コミュニティ・アイデンティティ(CI)である。一方,好ましくない景観として,崩壊などの危険を感じる自然景観,荒廃した人工景観が挙げられた。地域の将来像としては,自然保護,現状維持,経済優先などに意見が別れたが,若年層で自然保護,壮老年層で経済優先となる傾向があった。また松枯れ現象は強く問題視されているが,果樹園の放棄(クズ群落の拡大)やビニルハウスの増加などは比較的受容されていることがわかった。 第3章自然環境資源の基礎的分析手法と基礎資料の検討 エコトープは,生態的に均質な空間であり,景観分析の最小空間単位とされる。無機環境が均質であるフィジオトープと生物環境が均質なバイオトープの重ね合わせとして得られる。無機環境と生物環境に関する地図資料のマップ・オーバーレイによって,エコトープを抽出し,地域の景観構造を明らかにする。エコトープの抽出に使用するための既存の地図資料を吟味した結果,都道府県で出版されている土地分類基本調査が適切であると判断した。ただし,作成年の古い植生図や土地利用図は現状を反映しないので修正して使用することが必要である。本対象地域では,それぞれの町史誌に含まれる最新の現存植生図を利用した。 第4章景観構造の基礎的分析 エコトープ図は,地形分類図,表層地質図,土壌図,植生(土地利用)図を重ね合わせて作成された。エコトープ図上のパッチがエコトープ要素である。エコトープ要素の凡例である4つの景観因子の組合せをエコトープ型と言う。景観構造は,水平的観察法によるエコトープの分布と垂直的観察法による景観因子間の関係性(立地)の分析から明らかにされた。両対象地域において面積的に優占するエコトープはともに山地,花崗岩,泥質岩,褐色森林土壌,果樹園,落葉広葉樹林,アカマツ林といった属性であった。瀬戸田地区で常緑広葉樹林が少ないこと,蒲刈町で竹林やクズ群落の優占度が比較的高いことが特徴的であった。また垂直分布において,標高の高い方からアカマツ林,落葉広葉樹林,果樹園,居住地といったゾーネーションが捉えられた。水平分布は,それぞれの対象地域において異なるパターンが描かれたが,それらは地形や地質に規定されていた。さらに,水平分布に基づいた地域区分(現在自然環境による景観ゾーニング)が行われ,各ゾーンの景観特性が優占するエコトープのタイプと垂直分布,景観構成因子の属性間の関係性などによって示された。以上の結果から,地域の景観構造を効率的に把握するためには,面積あるいは出現頻度において優占したり,特徴的な立地に存在するエコトープに着目することが有効だと考えられた。
- 2000-12-28