<学位論文要旨>食虫目の真獣類における系統学的位置 : ミトコンドリア遺伝子を用いた分子系統学的考察
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概要
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新生代に入ってからおよそ33目におよぶ有胎盤類,つまり真獣類が進化し,現在そのうち18目が生存している。このなかには小型の食虫類型祖先の形態や機能をそのまま保持してきたものがあり,これが現在の食虫目であるとされている。食虫目は現在6つの特徴的形質をもとに大きくハリネズミ科,トガリネズミ科,キンモグラ科,モグラ科,ソレノドン科,テンレックス科から成る。トガリネズミ科が最も多く,続いてテンレックス科,モグラ科となっており,キンモグラ科,ソレノドン科とハリネズミ科はごく少数から構成されてる。また食虫目全体としてはきわめて広範な分布をしているが,実際に広く分布しているのはハリネズミ科,モグラ科,トガリネズミ科の3つの科だけである。食虫目における形態的形質は,大部分が原始的であり,いくつかの子孫的形質で目内の関係を矛盾無く支持するものはほとんどない。このように子孫的形質の少なさが,食虫目と他の真獣類を結びつけることを困難にしているのである。しかも食虫目は分子レベルの研究が遅れている目であり,他の目との関係を明らかにした研究はほとんどない。真獣類における食虫目の系統的位置がどこにあるかということは,真獣類全体の進化に関わってくる重要な問題である。そこで形態学的研究では成功せず,分子レベルでもいまだ明らかにされていない食虫目の真獣類における系統的位置を,特に原始的有胎盤類の類縁関係を示すグループ(食虫目,ハジネズミ目,ツパイ目,翼手目,霊長目)に注目し,ミトコンドリアDNAを用いた分子系統学的手法で明らかにすることを試みた。ミトコンドリアDNAのタンパク質をコードしているCOII,cyt-b遺伝子とタンパク質をコードしていない12S rRNA,16S rRNA遺伝子の4つの遺伝子をそれぞれ近隣結合法と最尤法で解析し,最後に総合的に最尤法で解析した。COII遺伝子では,近隣結合法と最尤法の解析で,同じトポロジーを示した。食虫目と翼手目が混じった単系統の関係は,ブーツストラップ確率が大変低く,また今までの形態学的データからも明らかに間違いであると判断できる。しかし言い換えればこの2つの目がそれだけ近縁であるため,1つの遺伝子の情報量だけではこの2つの目の関係を明らかにすることが出来なかったと考えられる。そしてどの解析を通じても,食虫目・翼手目の近くに(奇蹄目,翼手目,偶蹄目,鯨目,食肉目)のグループが存在していることは共通している。cyt-b遺伝子の近隣結合法解析の全ての系統樹は,ハリネズミを除く食虫目のメンバーが単系統を示し,同じ科に属するモグラとヒミズが最も近いクレードを作り,その外側にジャコウネズミが位置するという同じ様なトポロジーを示した。これらの系統樹でも,食虫目に対して翼手目が常に他の目より近い存在になっている。食虫目/翼手目の2つの目に対しては,齧歯目が近縁に位置しているが,これは齧歯目が他の全ての真獣類のアウトグループであるという,いままでの分子系統学の研究の結果と一致しない。しかし,その局所的ブーツストラップ確率は大変低いので,齧歯目のこの関係はこの遺伝子のみに見られる分子レベルの収斂進化を反映しているのかもしれない。両方の解析で,食虫目のハリネズミがまた他の食虫目のメンバーから離れ,真獣類のなかで最も最初に分岐したという,今までの形態と分子の研究から推測されている系統樹とは違った関係になっている。12S rRNA遺伝子の近隣結合系統樹において,食虫目に近縁な目は使用するOTUの数,トランスバージョンかトランスバージョン・トランジションの両方で解析するかによって全く違う結果を示した。食虫目に近縁な目は,系統樹ごとに奇蹄目/食肉目,食肉目,鯨目/偶蹄目と異なっている。しかし,それぞれの関係に対するブーツストラップ確率は非常に低い。12S rRNA遺伝子の最尤系統樹には,食虫目と((ゾウ,ジュゴン),キンモグラ)が近縁関係を示すものがあった。しかしゾウ,ジュゴンの長鼻目と海牛目は有蹄類と近縁であるという伝統的考えに加え,低いブーツストラップ確率からも,この関係は正当ではないと判断できる。両方の系統樹でも食虫目のメンバーのうち,キンモグラとハリネズミは食虫目として単系統にはならなかった。12S rRNA遺伝子の系統樹はいくつか明らかに間違いと思われる関係を示しており,最尤法による解析でも,この遺伝子だけでは食虫目と特定の目の関係を推測することは困難であると考えた。近隣結合法解析の16S rRNA遺伝子の系統樹は,食虫目の近縁関係を大きく2つに分けることが出来た。1つは食虫目に翼手目が最も近くなっているもので,もう1つは食虫目が2つに分かれ,それぞれが翼手目と霊長目に近い関係を示すものである。
- 1998-12-28