ブナ林の植生動態と更新様式
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概要
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第1章序論 日本の温帯を代表するブナ林の更新過程に関する研究はこれまでに数多くなされてきた。その結果,ブナ極相林では,様々な発達段階にある小林分がモザイク状に分布し,林分全体としては一定の状態を保つ平衡の状態にあることが明らかになりつつある。このような林分の時間的および空間的な不均一性をもたらす要因としては,様々な頻度や強度で生じる自然撹乱の重要性が指摘されている。また,このことはブナ林に限らず,成熟した他の様々なタイプの森林で認識されていることでもある。しかし,日本のブナ林における調査研究には,更新が停滞することなく起きるような立地の安定した場所で,しかも高木個体群のみかまたは特定の高木樹種のみの動態を対象とした例がほとんどである。したがって,広義の意味では日本のブナ林の維持機構や更新様式の全体像は未だ明らかにされてはいないと考えられる。日本のブナ林は,欧米の温帯林に比べて複雑な群集構造を持つだけではなく,残存林分の多くが急峻な立地に分布していたり,老木の枯死による撹乱以外にも様々な撹乱を受けていることが多い。このような,従来研究対象外となっていた場所では必ずしも従前から提唱されてきたような更新過程が観察できるとはいえないが,その更新様式を解明することは大変重要であり,特に場所を選ぶことのできない森林施業の上では非常に意義があると考えられる。本研究は,従来のギャップ更新説では説明が困難であるような場所でのブナ林の更新様式を明らかにすることを目的として,山頂尾根部のササ草原と,台風によって多大な撹乱を受けたブナ極相林で研究を行った。また,従来型の単木ギャップの撹乱体制を主とするブナ極相林でも比較のために研究を行った。第2章ササ群系における温帯夏緑樹林の更新動態 山腹の残存ブナ林から尾根部のササ草原に至る連続した植分において,樹木個体群の動態を中心にしてササ草原におけるブナ林およびミズナラ林の更新の可能性を論じた。気温と風の実測により尾根部のササ草原は温量指数的にはブナ林の成立が十分可能であったが,生育期には平均4.9m毎秒の風が卓越する場所であった。維管束植物の出現種の優占度と組成による類似性の分析から,ブナ林,ミズナラ林,ササ草原の3つの群落がまとまりを持って帯状分布をしていることが判明した。また,胸高直径のサイズ構成の特徴や個体群の成長過程の解析,文献等から帯状分布の形成過程について検討した。この結果,ササ草原においては,ササの存在が主な原因となって木本実生の定着と発育を阻害し,強風や積雪の影響が高木の発育を阻害すると推察された。帯状分布の植生動態における埋土種子集団の役割を明らかにするためにブナ林,ミズナラ林,ササ草原の3型の群落で埋土種子集団の組成を比較検討した。その結果,ブナ林ではこれらは林冠木の根返りのような土壌撹乱を伴うギャップ形成の際に速やかに群落を再構成すると考えられた。ミズナラ林では,その動態において重要な役割を果たすと考えられるのは,埋土種子集団よりもむしろミズナラやブナといった種子バンクを形成しない種子の動態であると考えられた。ササ草原では,樹木が種子バンクを形成していなかったことから,たとえササの一斉枯死が起きたとしても埋土種子による木本群落の更新はないと考えられた。したがって,ササ草原において森林が更新するための最低限の資源としては森林群落からの高木種の種子の散布に依存する他にはないといえよう。しかもその種子の多くは実生バンク形成前にほとんどが消失してしまうため,ササ草原における森林の更新は非常に困難であると考えられた。実生の発生を仮定したときの実生の消失要因とそれに関与するササの影響を明らかにするために,ブナ林,ミズナラ林,ササ草原でブナとミズナラの実生を移植し,その初期のデモグラフィーを解析し,それぞれの群落におけるササの影響と森林更新について調べた。その結果,実生の最も顕著な死亡要因は両種共にノネズミによる食害であった。ブナ林では,ササ葉層による被陰のあるところがないところよりも食害が生じやすいと認められたことから,ササ葉層による被陰はノネズミに格好の生息場所を提供していると推察された。また,ノネズミの行動様式は,種子の貯食による散布や消失,さらに実生の消失にも関連していることから,ササ草原の進行遷移の制限に関与していると考えられた。以上,本研究によって得られたパラメータをもとにササの一斉枯死を想定した場合のブナ林の更新動態をシミュレーションモデルによって検証した。この動態モデルでは有限の個体を単位とし,樹木個体の生活史の各過程にそれぞれ局所的な密度依存性を導入した。このため実際の森林動態でみられるような相互関係に注目したモデリングが可能となった。このモデルによって個体間の一方向的競争やササとの競争関係
- 1996-12-28