<学位論文要旨>軟体動物筋活動の神経性制御機構
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概要
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動物の筋の活動は多数の情報伝達物質によって複雑に制御されていることが次第に明らかになってきた。特に無脊椎動物ではこの種の研究が著しく進展しており,いわゆる古典的神経伝達物質に加えて,種々のアミンやアミノ酸,及び多くの神経ペプチドが修飾的に働いている可能性が示されている。軟体動物前鯉類の一種であるアカニシ(Rapana thomasiana Crosse)では,これまでに歯舌伸出筋と牽引筋や心筋の収縮に対する神経ペプチドの影響は薬理学的に調べられてきたが,生体内でのペプチドの分布やその作用機構については殆んど調べられていない。そこで,本研究ではまずこれらの筋に対する数種の神経ペプチドの作用を生理学的に調べると共に,これらの神経ペプチドの生体内の局在を免疫組織化学的に調べ,実際にそれらのペプチドの単離を試みた。アカニシのニューロンは小さくて同定できないが,軟体動物有肺類のアフリカマイマイ(Achatina fulica Ferussac)は,神経節に同定可能な巨大ニューロンを持っており,ニューロンレベルでの研究によく用いられている。また,この動物の神経節や心臓からは心拍動に影響を持つ数種類の神経ペプチドが単離され,様々な筋やニューロンに対する働きも調べられつつあるが,その作用様式については何も知られていない。そこで,更にアフリカマイマイから単離されたこれらの神経ペプチドの生体内の局在を免疫組織化学的に調べ,ペプチド含有ニューロンを同定する事を試みた。これらの結果から,筋運動の制御における神経ペプチドの生理的な作用機構について考察した。1.アカニシ歯舌筋 これまでの研究から,歯舌伸出筋ではFMRFamide(H-Phe-Met-Arg-Phe-NH_2)が,拮抗筋である牽引筋ではその同族ペプチドであるFLRFamide(H-Phe-Leu-Arg-Phe-NH_2)が,各々の筋内の興奮神経終末部に作用して,神経伝達物質のアセチルコリンまたはグルタミン酸それぞれの放出を促進的に制御している事が示唆されている。しかし抑制的に働く神経ペプチドは見つかっていなかった。イガイ足糸前牽引筋のcatch収縮を弛緩させるペプチドとして単離されたcatch-relaxing peptide(CARP; H-Ala-Met-Pro-Met-Leu-Arg-Leu-NH_2)は,多くの動物の種々の筋に多様な効果を示すことが知られているが,本研究により,CARPは伸出筋と牽引筋において,アセチルコリンまたはグルタミン酸による収縮のみならず,神経刺激による一過性収縮を抑制する事がわかった。また,筋の直接刺激によって起こる収縮も,CARPによって抑制された。すなわち,FMRFamideやFLRFamideと異なり,CARPはアカニシ歯舌伸出筋にも牽引筋にも抑制的に働き,かつその作用部位はシナプス後膜側であることが明らかになった。次に,歯舌筋運動に関与する口球神経節-筋系におけるFMRFamide様及びCARP様ペプチドの局在を,各々のペプチドに対するポリクローナル抗体を用い,ABC法による間接酵素抗体法で免疫組織化学的に調べた。ホルマリン固定し,ポリエステル・ワックスで包埋した組織は,厚さ5-10μmに薄切した。口球神経節ではFMRFamide様免疫陽性を示す細胞体が,右口球神経節の口吻側及び左神経節の尾側に局在していたが,そこにはいくつかのCARP様免疫陽性細胞も存在していた。歯舌筋の運動を支配している運動ニューロンは,口球神経節の右口吻側及び左右の尾側に存在することが報告されているが,FMRFamide及びCARP様免疫陽性を示すニューロンもまた存在していた。従って,口球神経節のいくつかのニューロンでは,FMRFamide及びCARP様ペプチドが主な伝達物質と共存している可能性が示された。口球神経節から歯舌へと下行する神経や歯舌伸出筋と牽引筋においても,両ペプチドの抗体に対して強い陽性反応を示す神経繊維の存在することが明らかとなった。さらに実際に歯舌筋に含まれる生理活性ペプチドを探索するために,牽引筋のアセトン抽出物を,イガイ足糸前牽引筋を生物検定系として,高速液体クロマトグラフィーで精製した結果,FMRFamideと,次のようなアミノ酸配列を持つCARP-myomodulin系の新型ペプチドを単離した : H-Pro-Met-Gly-Met-Leu-Arg-Leu-(NH_2)。このペプチドをRapana myomodulinと名付けた。この動物の牽引筋から,FMRFamideとRapana myomodulinが単離されたことは,FMRFamide様抗体陽性部位とCARP様陽性部位には,少なくともFMRFamideとRapana myomodulinを含む神経ペプチドが存在しており,これらのペプチドが主な神経伝達物質と共に歯舌運動の制御において実際に生理的に働いているという考えを強く示唆するものである。2.アカニシ心臓 アカニシ心臓においては,セロトニンとFMRFamideが心拍動の振幅と頻度を増強する。主な抑制性物質はアセチルコリンであると考えられてきた。しかし本研究により,CARPはアセチルコリンよりも強力な心拍動抑制作用を持つことが明らかになった。
- 1993-12-31