<学位論文要旨>アカパンカビの分生子発芽過程におけるオーキシン及びジベレリンの作用
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概要
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現在植物ホルモンには,オーキシン,ジベレリン,サイトカイニン,エチレン,アブシジン酸及びブラシノステロイドの6種が知られており,その中でオーキシン及びジベレリンは,特に茎に対して強い成長促進効果がある。オーキシンは,1934年にインドール酢酸(IAA)の結晶としてKoglらにより人尿及び酵母から,またThimann(1935)によりRhizopus suinusを培養した後の培地から取り出された。ジベレリンの発見は,1938年,薮田によりGibberella fujikuroiの培養液から抽出,単離されジベレリンと命名された。このように,オーキシン及びジベレリンの発見はカビと深く関係している。オーキシンとジベレリンの発見以来,これまでに,これらの作用について多くの研究がなされてきたが,その結果について検討してみると,無菌操作,培地成分,カビの成長段階等への考慮等,実験条件に大きな問題のある報告が多いことがわかった。植物の生活環においても,オーキシンやジベレリンは,限られた場所あるいは限られた時期に効果が認められる。そこで,実験条件の諸問題点を改善し,菌におけるオーキシン及びジベレリンが,確かに成長物質として体内で生産し,成長の制御物質として働いているかどうかについてアカパンカビを材料として,高等植物におけるオーキシンやジベレリンの研究と同様,成長と分化に沿って詳細に調べた。材料として用いたアカパンカビは,子嚢菌門のタマカビ目に属するカビで,これまでに多くの突然変異体が分離されており遺伝生化学的研究の蓄積は大きい。アカパンカビは,無性生殖環と有性生殖環を持っている。本研究では,この無性的に形成される胞子の分生子を採集し実験を行なった。液体培養した場合の分生子発芽過程はまず始めに分生子の受動的吸水膨潤があり形態的,生理的生化学的内部変化の後発芽管形成が起こり,次に発芽管と若い菌糸の伸長という段階を経ることになる。個々の成長についてオーキシン及びジベレリンの作用を調べるのには良い材料であると考えた。アカパンカビの前培養には,グリセロールを含む完全培地を用い,液体培養には,Friesを含む液体培地を用いた。分生子を完全培地に接種し,26℃暗黒中で培養し,最後の一日間光照射した。前培養から得られた菌体から分生子を採集し,分生子の密度を調整した後,各実験を行なった。操作中に用いた器具は乾熱し,滅菌水は純粋を高圧蒸気滅菌したものを用いた。はじめに,分生子の密度とオーキシンの関係について調べた。アカパンカビの分生子を液体振盪培養した場合,培地の分生子の密度は,分生子の発芽に影響を及ぼす。これは,"分生子密度効果"と言われる。Nakamuraら(1978)は,分生子を2×10^6分生子ml^<-1>の密度で培養を行なった場合,オーキシンが発芽率を高めることを報告しているが,分生子の"密度効果"とオーキシンの関係についての詳しいことは研究されていない。本研究において,まず分生子の"密度効果"とオーキシンの関係について確かめ,次に分生子発芽過程に続く若い菌糸の伸長におけるオーキシンとジベレリンの作用を調べ,さらに,これら分生子発芽過程における核数増加にともなうオーキシン及びジベレリンの作用を,蛍光顕微鏡で観察し調べた。これまでにアカパンカビの内生ジベレリンとしてGA3がガスクロマトグラフィーマススペクトロメトリー(GC-MS)により同定されている。内生オーキシンについては,アベナ屈曲試験による生物検定はなされているが,機器によるオーキシンの同定はなされていないことから,カビの中に存在する植物ホルモンの定性,定量も機器分析方法を用いて研究される必要があると考え,アカパンカビにおけるオーキシンの機器分析による定性,定量を試みた。まず,分生子の密度について実験を行った。分生子を液体振盪培養した場合の発芽は,培地の密度に依存しており,発芽の最適密度が2×10^6分生子ml^<-1>であることが明かとなった。2×10^4-2×10^7分生子ml^<-1>の密度の間では,アカパンカビの分生子の発芽は,分生子の密度が高すぎても,低すぎても抑えられた。高い密度(2×10^7分生子ml^<-1>)で分生子の培養を行なった場合に示された発芽の抑制は,培地の濃度を2倍にしても回復しなかった。さまざまな分生子密度におけるIAAと2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)の効果を調べたところ,IAA,2,4-Dともに最適濃度は1μMであった。低い密度で分生子を培養した場合に最適濃度のIAA及び2,4-Dを添加すると,最適密度で培養を行なった場合と同レベルの発芽率の値を得ることができた。高い密度で培養を行なった場合には,IAA,2,4-D共に発芽に影響を及ぼさなかった。2倍の濃度の培地でも発芽に何の影響も及ぼさなかった。
- 1993-12-31