<学位論文要旨>酵母 Candida tropicalis の二種類のペルオキシソームタンパク質の輸送に関する研究
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概要
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真核生物の細胞には独自の構造と機能を持った膜系(オルガネラ)が存在する。ペルオキシソームは一層の脂質二重膜で囲まれたオルガネラであり,その機能は生物種により様々であるが,共通している点は細胞内での過酸化水素の発生を局限化し,これを分解することである。ペルオキシソームの重要性は,このオルガネラを欠失した遺伝病(Zellweger症)のヒトの多くが生後一年以内に死亡するという事実によって推察される。オルガネラを構成するタンパク質の大部分は,核の遺伝子にコードされており,細胞質で合成される。従ってこれらのタンパク質は目的のオルガネラに正しく輸送されるための情報(輸送シグナル)をその分子内に含んでいる。近年,小胞体(分泌)タンパク質やミトコンドリアタンパク質ではその輸送シグナルの概略が明かとなり,シグナルの受容体や輸送の前後で働く分子シャペロンが解明されつつある。ある種のペルオキシソームタンパク質の輸送シグナルはC末端のトリペプチド(-Ser-Lys-Leu)であることが示されている。しかし,この配列を持たないペルオキシソームタンパク質も多数存在する。本研究ではペルオキシソームタンパク質の輸送シグナルの全体像を明らかにすることを目的とし,このオルガネラの形成が著しい酵母Candida tropicalisのアシル-CoA酸化酵素のサブユニット(PXP-4)と機能未知のタンパク質(PXP-18)を材料にしてそれらの輸送シグナルを細胞内輪送系を用いて解析した。以下に主要な結果の3点を要約する。1. C.tropicalisのアシル-CoA酸化酵素のサブユニットであるPXP-2(82kDa)とPXP-4(79kDa)の遺伝子を近縁酵母Candida maltosaに導入し,その発現産物が宿種ペルオキシソームヘ輸送されることを見いだした。PXP-4の短縮型ペプチドの輸送を解析し,PXP-4のカルボキシル末端2/3からなるペプチド-Cは,PXP-4と同じ効率で宿主ペルオキシソームヘ輸送されることを示した。一方,アミノ末端1/3からなるペプチド-Nも僅かながらペルオキシソームヘ輸送されていたことから,PXP-4の輸送シグナルは少なくとも強弱2種類存在することを明らかにした。ペプチド-Cを更に短くした4種類のペプチドの解析からPXP-4の輸送シグナルはペプチド-Cの内部に分散して存在していることが示された。また,ある種の短縮型ペプチドは,一部の宿種ペルオキシソームタンパク質の輸送を阻害し,別の一部のものの輸送を阻害しなかったことから,ペルオキシソームタンパク質の輸送機構が複数存在することが示唆された。しかし,ペプチド-Cでさえ50kDaという大きなタンパク質であるために,またこの解析法の定量性が低かったために輸送に必要なアミノ酸配列の同定には至らなかった。2.分散型の輸送シグナルを解析するには,分子全体の解析が容易な低分子量のタンパク質を研究対象とすべきである。そこでこの酵母の機能未知の低分子量ペルオキシソームタンパク質PXP-18(16kDa)に着目し,その遺伝子の塩基配列を決定した。塩基配列からPXP-18は126アミノ酸からなる分子量13,675の塩基性タンパク質であり,その推定アミノ酸配列は,膜間での様々な脂質の輸送を促進するラットの非特異的脂質輸送タンパク質と33%の類似性のあることが判明した。ペルオキシソームから精製したPXP-18にもリポソームからミトコンドリアヘのホスファチジルエタノールアミンの輸送を促進する非特異的脂質輸送活性を見いだした。これは酵母に非特異的脂質輸送タンパク質が存在することを示す最初の結果である。RNAブロット実験によりPXP-18がオレイン酸生育細胞で特異的に発現していること,また電子顕微鏡を用いた免疫学的方法によってPXP-18の局在部位がペルオキシソームのマトリックスであることを示した。これらの事実はPXP-18の本来の機能が細胞内の膜間でのリン脂質の輸送を促進することではなく,オレイン酸生育細胞に特異的なペルオキシソームの内部で必要とされる,何か別のものであることを予想させる。そこで,酵母ペルオキシソームの重要な役割の一つである脂肪酸のβ-酸化に着目し,これを律速するアシル-CoA酸化酵素への作用を調べた。その結果,PXP-18がこの酵素を酸性条件下で起こる失活から保護する能力のあることを見いだし,ペルオキシソームで働く分子シャペロンである可能性を示した。3.上記2.の結果からPXP-18が確かにペルオキシソームのマトリックスに局在するタンパク質であることが確認された。そこで,PXP-18とその誘導体を酵母C.maltosaとSaccharomyces cerevisiaeで発現させ,発現産物の輸送を免疫化学的に定量することによって,このタンパク質の輸送シグナルを明らかにしようとした。
- 1993-12-31