<学位論文要旨>液体合金の構造の理論的研究
スポンサーリンク
概要
- 論文の詳細を見る
液体二元合金は,伝導電子と二種類の陽イオンからなる三成分系である。液体であることに加え,イオンとは全く性質の異なる伝導電子の存在及び二種類のイオンの存在することにより,液体二元合金の示す物性は多様となる。結晶とは異なり,いかなる元素のいかなる濃度での組み合わせであっても,適当な熱力学的条件下で混合し,液体合金を作ることが可能であり,それゆえ濃度を変えて物性を系統的に調べることができる。このような液体合金の物性を理解するためには,イオン間の相互作用を知ると同時に,イオンの配列すなわち液体の構造を知ることが基本となる。液体の構造を記述する最も基本的な量は,動径分布関数あるいはそのフーリエ変換である構造因子である。理論的に動径分布関数あるいは構造因子を調べるには,通常,粒子間の相互作用を現象論的あるいは第一原理的に決定し,これを用いて液体の統計力学により計算するという方法をとる。しかし,このような方法は近似を含んでおり,不活性ガスのように粒子間相互作用が単純な液体に関しても,信頼できる構造の理論は近年まで存在しなかった。液体の統計力学的方法の一つに積分方程式理論がある。この理論は,粒子間の相互作用ポテンシャル,直接相関関数,および高次の相関を記述するブリッジ関数などを用いて,動径分布関数の厳密な表式を積分方程式の形で与えるものである。しかし,ブリッジ関数を厳密に計算することができないため,HNC(hypernetted chainの略)近似,PY(Percus-Yevickの略)近似など,ブリッジ関数を近似的に取り扱う方法が従来広く用いられてきた。しかし,いずれの近似も三重点近傍の液体金属に対しては定量的に不満足な結果しか与えなかった。1979年に,RosenfeldとAshcroftは剛体球系のブリッジ関数を用いてHNC近似を改良する近似法,いわゆる「修正されたHNC近似」(以下,MHNC近似と略す)を提案した。この近似は,液体金属を含む様々な一成分系液体の構造と熱力学的諸量に対して,非常に精度の高い結果を与え,液体の理論的研究に新たな発展をもたらした。液体構造の理論として最も進んだ近似である上述のMHNC近似を,二成分剛体球系のブリッジ関数を用いて,二成分液体混合物の場合に拡張することは原理的には容易である。しかし,この方法には次のような問題点がある。すなわち,二成分剛体球系の場合,異種の剛体球粒子間の相互作用ポテンシャルの斥力の立ち上がる位置は,同種粒子間の斥力の立ち上がる位置の平均の位置に来る。このような場合,ポテンシャルの斥力部分は加算的であると呼ぶ。ところが液体合金では,相互作用ポテンシャルの斥力部分は上のような意味で必ずしも加算的ではない。さらに,液体合金の場合,対相互作用のポテンシャルの引力部分も構造にかなりの影響を与えるが,この引力部分の深さも一般に加算的ではない。したがって,液体合金に適用したとき,二成分剛体球系のブリッジ関数を用いるMHNC近似が良い結果を与えるか否かは明らかではなく,検討が必要である。剛体球(additive hard sphere)系のブリッジ関数を用いるこの方法をMHNC-AHSと呼ぶ。本研究の目的は,先ず第一に,MHNC-AHSが液体混合物の構造計算に対してどの程度妥当なものであるかを系統的に調べること,第二に,MHNC理論に導入する近似的なブリッジ関数の選び方として,二成分剛体球系のブリッジ関数を用いる方法に代わり,より一般性があり取扱いが容易な新しい選択の仕方を提案し,この理論の妥当性をMHNC-AHSと比較し系統的に調べること,第三に,これらの理論を液体合金に適用し,その有効性を調べることである。なお,理論の妥当性を検討する基準を与えるため,この研究で対象とした系のうち,重要なものについてはコンピュータ・シミュレーションを新たに行った。論文の概要は以下の通りである。はじめに,現実の液体合金のイオン間対相互作用ポテンシャルの非加算性を調べるために,対相互作用の非加算性の程度を定量化し,典型的な例としてアルカリ金属合金について計算した。この結果により液体合金の種類によっては,対相互作用の斥力部分の立ち上がりの位置および引力部分の深さの非加算性は,かなり大きくなることを示した。この結果をふまえて,本研究ではMHNC近似を液体混合物系に拡張する方法として,一般性があり取扱いが容易な新しい近似的ブリッジ関数の選択の仕方を提案した。この方法においては,与えられた対相互作用のポテンシャルの斥力部分のみで相互作用する体系のブリッジ関数を用いる。従って,この方法では原理的には対相互作用ポテンシャルの斥力部分の非加算性を取り入れていることになる。実際の計算においてはPY近似によりブリッジ関数を求める。これは短距離斥力で相互作用する一成分系液体に対してPY近似がよい結果を与えるので,二成分系においても同様のことが期待できるからである。この
- 1993-12-31