<学位論文要旨>イソアワモチ眼外光受容器の光情報処理とその機能に関する研究
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概要
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動物の体内に存在する,網膜以外の光応答性の細胞または組織すなわち眼外光受容器は,脊椎動物を含む多くの動物に備わった光受容器官である。しかし本来の眼と比較すると,眼外光受容器の研究は遅れていて,その機能に関してはほとんど知られていない。イソアワモチの中枢神経節に位置する光受容性の神経細胞は眼外光受容器の代表的な例としてよく知られ,その細胞が大きいため,各種の実験操作がやり易いという利点を持つ。本研究ではイソアワモチの眼外光受容器を用いて,光の細胞内情報伝達機構を解析し,次に眼外光受容器間の情報伝達機構を調べた。さらに眼外光受容器が関連すると思われる個体行動を調べた。1) イソアワモチ眼外光受容器の細胞内情報伝達系について イソアワモチの光受容性の神経細胞A-P-1は,この動物の眼外光受容器であり,膜コンダクタンスの減少を伴った脱分極性の光受容器電位(光応答)を発生する。これは暗下で流れているK^+電流(暗K^+電流)が光によって抑制されることから生じる。本研究では,A-P-1の光受容器電位の発生に関係する暗K^+電流が,どのような細胞内情報伝達系によって制御されているかについて調べ,その機構を明らかにした。暗下で外液に膜透過性のジブチリルサイクリックGMP(Db-cGMP,cGMPの類似体)を加えると,A-P-1の暗K^+電流はDb-cGMPの濃度に依存して増加し,膜は過分極した。この暗K^+電流の増加はcGMPを細胞内に直接注入しても見られた。このようにして増加した暗K^+電流は,光刺激によって元のレベルにまで減少した。しかしながら,cAMPまたはDb-cAMPをA-P-1に投与しても,A-P-1の膜電流や膜電位になんら変化は見られなかった。これらの結果は,A-P-1の暗K^+電流は細胞内cGMPレベルによって調節されていて,光はcGMPレベルを減少させる,すなわちcGMPを分解することを示唆した。そこで実際にラジオイムノアッセイ法を用い,A-P-1の細胞内cGMP量を測定した。暗時の細胞内cGMPレベル(22±6 f mol/cell)は光照射後,光応答の電位または電流変化とほぼ同じ時間経過に従って減少した。しかしcAMPレベル(8±3 p mol/cell)は光照射の前後で変動しなかった。これらの結果から,A-P-1の光応答は,脊椎動物視細胞(光受容器)の場合と同様に,細胞内cGMPレベルのcGMPカスケードに従った減少に由来するのではないかと考えられた。視細胞の細胞内伝達系におけるcGMPカスケードとは,光を吸収した光受容色素によって誘発されたGTP結合蛋白質(G蛋白)がホスホジエステラーゼ(PDE)を活性化し,cGMPが分解される一連の反応系である。そこで,G蛋白の光活性化を阻害することが知られているGDP-β-S及び百日咳毒素をA-P-1に投与したところ,光応答は抑制された。これはA-P-1にもcGMPカスケードが存在することを支持するものである。さらに,無脊椎動物視細胞(光受容器)で光応答の二次メッセンジャー候補とされているイノシトール三リン酸(IP_3)の効果も検討した。A-P-1にIP_3を投与すると光応答は増大したが,ホスファチジルイノシトール二リン酸(PIP_2)からIP_3への加水分解を阻害するneomycinを投与すると,光応答は逆に抑制された。以上の結果より,イソアワモチ眼外光受容器A-P-1にはG蛋白を共通のステップとする上述のcGMPカスケードと,もう一つのIP_3カスケードが共存し,cGMPレベルの減少は光応答(光受容器電位)を発現させ,IP_3はそれを修飾するように働いていると考えられる。これまでの知見では,脊椎動物視細胞では膜コンダクタンスの減少を伴う光応答を行い,無脊椎動物視細胞では膜コンダクタンスの増大を伴う光応答を行うと大別されていた。しかしイソアワモチ眼外光受容器では,受容器電位の発生機構や細胞内情報伝達系で脊椎動物と無脊椎動物の両方の視細胞と共通点を持つことが明らかになった。従って光受容機構は脊椎,無脊椎動物で全く異なるものではなく,一部,共通の機構が存在すると思われる。2) イソアワモチ眼外光受容系で生じる波長弁別機構について A-P-1と同じ神経節には,Es-1と名付けられたもう一つの光に応答する神経細胞が存在する。このEs-1は,以前に光に直接応答するのではなく,シナプス入力によって二次的に光に応答すると仮定された。しかし本研究において,Es-1の光応答は,化学的あるいは機械的にシナプス活動を遮断しても観察されることから,Es-1はそれ自体で光に応答する一次の眼外光受容器であることがわかった。正常海水からCa^<2+>を除くことによって,神経節細胞間のシナプス活動を遮断すると,Es-1は膜コンダクタンスの減少を伴った単純な脱分極性の光受容器電位を発生して光に応答した。この脱分極性の光応答は-70mVの膜電位で逆転し,静止電位(-45mV)に電位固定すると内向き電流に置き換えられた。
- 1992-12-31