<学位論文要旨>折れやすいオオムギの生理
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概要
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I.序論 イネ科の穀物は収穫前に茎が倒れ,収量が減少することがある。この問題を解決するために,従来穀物の短稈化の研究が主として育種学的な面から行なわれてきた。また一方倒れにくい植物を作るためには茎の強さを増すことが重要である。しかし茎の強度を支配する生理化学的要因を調べた研究はほとんど行われていない。イネ科植物で茎が脆く,折れやすい突然変異系統が古くから知られている。本研究では茎の強度の要因を調べるために,茎の折れやすいオオムギ突然変異系統とその正常系統を用い,折れやすい茎の性質を検討した。予備実験の結果,茎を構成する細胞壁成分の量が茎の強度に関与する可能性が示唆された。従来の細胞壁の研究は主に成長,分化を中心とし,細胞壁の強さの原因に関する研究はほとんど行なわれていなかった。そこで本研究は1)茎の折れやすさを正確に物理量として表わし,2)折れやすい茎を形態学的に調べ,3)折れやすい茎の細胞壁成分の化学的性質を明らかにし,4)茎の折れやすさと遺伝子発現の関係を解明する研究を行った。II.植物材料 岡山県倉敷市の岡山大学資源生物科学研究所に保存されているオオムギ種子を使用し,植物体を同研究所の圃場で生育させ,成熟した茎を実験に供試した。茎の折れやすさの原因を探究するために,自然突然変異により生じた折れやすい茎の系統のカマイラズおよび正常の渦赤神力に突然変異誘発剤(エチレンメタンスルフォネート)処理を行い作出した人為突然変異変異系統の折れやすいオオムギOUM40,OUM41,0UM42の四系統を用い,対照の折れにくい正常な系統は渦赤神力(渦)と並赤神力(並)を用いた。さらに遺伝子発現と茎の成分間の関係を解明するために,茎を折れやすくする遺伝子fs2をもつ一遺伝子突然変異系統の於七変と白瀬戸変および茎を折れやすくする遺伝子fs3を持つコビンカタギ4号変およびその対照として,それぞれの正常系統を用いた。また一遺伝子系統の折れやすいオオムギおよびその正常系統を25℃の暗室で発芽させ,吸水72時間以後の芽生えを実験に供試した。III.実験結果および考察 茎の曲げ試験)茎の折れやすさを定量化するために,材料工学で使用されている"曲げ試験"をオオムギ茎に応用した。圃場から採取した材料から葉や葉鞘を除いた後,茎をメタノール中に保存した。その後水に戻した茎を7cmの長さに切り,2.5cm間隔の支持台の上に乗せ,上から一定速度(50mm/min)で押し,そのとき生じた応力の最大値をロードセンサーにより検出した。また茎の内径,外径を測定した。最大応力および茎の内径と外径から,最大曲げ応力を算出した。折れにくい正常系統では,並は497g/mm^2,渦は484g/mm^2と両系統とも1mm^2あたり約500gの応力が生じていた。それに対して折れやすい系統では,OUM40は98g/mm^2,OUM41は297g/mm^2,OUM42は69g/mm^2カマイラズは302g/mm^2であった。すなわち折れやすい系統の茎の最大曲げ応力を正常系統と比較すると,最大曲げ応力の平均値が正常系統の約2/5しかなかった。以上のことから,最大曲げ応力で茎の折れやすさを定量的に表した。茎の組織の観察)茎の折れやすさが茎の組織の構造に関係する可能性があるため,茎の横断面の組織を光学顕微鏡で観察した。圃場より採取した第4節間をアルコールを含まないナバシン-クラフIIIで固定した。サンプルを水に戻し茎の組織(表皮組織,厚膜組織,柔組織)を検鏡し,茎の横断面の接線方向および放射方向の細胞壁の厚さおよび細胞の長さを測定した。折れやすい4系統の中,OUM40,OUM42は細胞壁が折れにくい正常系統の並,渦と比較して,すべての組織でもいずれの方向でも薄かった。しかし別の茎の折れやすい系統のカマイラズは表皮と厚膜組織の放射方向の細胞壁だけが折れにくい正常系統の並,渦より厚く,それ以外の組織では薄かった。さらに他の折れやすい茎の系統のOUM41は正常系統の並,渦に比べて表皮組織のみで放射方向以外の細胞壁が厚かったが,それ以外の組織では薄かった。これらのことよりOUM40,OUM42の茎の折れやすさは細胞壁の薄さによることが示唆された。もし細胞壁の厚さが同じ厚さでも細胞自体が大きければ,一個の細胞全体の面積あたりの細胞壁の占める面積の割合は減少するはずである。そこで茎の横断面の細胞の長さを測定した後,茎の横断面の細胞壁の占める断面積の割合を算出した。折れやすい茎の系統のOUM40,OUM41,OUM42,カマイラズはどの組織でも,正常系統の並や渦より細胞壁の断面積の占める割合が著しく小さかった。これらのことから茎の折れやすさは茎の細胞壁の量の少なさと関係していることがわかった。茎の細胞壁の成分)折れやすい系統の茎で細胞壁の占める割合が小さいことが明らかになったため,折れやすい系統の茎の細胞壁成分が少ない可能性が考えられる。そこで茎の細胞壁成分を調べた。圃場より採取した茎をメタノール中に保存した。
- 1992-12-31