<論文>土田杏村のプロレットカルト論に関する研究 : 教育観のパラダイム
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概要
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本論は,自由大学運動の理論的指導者として知られる土田杏村の社会教育論をその背景にある杏村の思想との関係から分析する研究のひとつとして,これまでほとんど分析されてこなかった彼のプロレットカルト論に焦点を当てたものである。第一に,文化改造による階級闘争をめざすプロレットカルト論について,それが日本に紹介された当時の時代状況と,どのように受けとられたかを論じている。文化の観点からの社会改造論であったプロレットカルト論だが,それが本来もっていた階級闘争的な意義が強調されたとき,政治的・経済的に急進的な主張になりがちで,さらにはマルクス主義的なプロレットカルト論に多くみられるいわゆる「プロレタリア独裁」の主張にまで至ることになった。それでは,杏村はプロレットカルト論をどのように論じていたのか。第二に,杏村のプロレットカルト論における批判対象の,ブルジョアカルトと,「宣伝」およびその背後にある教権について論じている。杏村にとって真のカルトとは,民衆の批判心を国家以上に超越せしめ,国家の機能や構成を批評し得る人物を作ることだった。しかしブルジョアカルトは,民衆の「ものの見方」を不自由にするもので,しかも「精神」としても「制度」としても社会の隅々までいきわたっている。またブルジョアカルトが支配的な社会における教育は,事実上「宣伝」と同じであり,宣伝としての教育は国家によって独占された教権に支えられている。これらの批判は,杏村以外のプロレットカルト論者と共通することだった。第三に,杏村のプロレットカルト論の特徴を論じている。同じプロレットカルト論であっても, (1)杏村は,プロレタリア独裁をめざすマルクス主義的なプロレットカルト論を批判していた。それは彼が,文化を,階級を越えた普遍的なものとしても考えていたからだった。(2)杏村のプロレットカルト論は理想主義にもとづくものだった。それは,彼が理想を現実への批判の観点としてとらえていたからだった。(3)杏村は実現可能なプロレットカルトを半ブルジョアカルトであるという。それは彼が,プロレットカルトを,常に対抗概念であるブルジョアカルトが存在しているところにおいて論理的に成立するものと考えていたからだった。(4)杏村のプロレットカルト論にはそれを裏づける実践として自由大学運動があった。彼は,従来の強制的な教化運動に対して,小グループから出発して影響を他におよぼしやがて民衆全体に広がり得る教化としてのカルトを構想していた。こうしたカルトが学校中心の教育にとってかわり,生産労働に従事しつつ生涯にわたって学べる学校,国家の管理から離れその地方の民衆白身が経営する教育機関,実生活の準備ではなく実生活そのものが教育であること,などの教育の変革を主張していた。そしてこれらのことは,既に自由大学運動で試みられていることだった。さらにカルトの一部としての教育は,批判力をもった自由な判断の主体としての人格の形成を目的とし,その結果どのような行動をとるかは学習者の判断にまかされるべきとの,宣伝とは異なる教育が唱えられていた。以上のことが杏村のプロレットカルト論の特徴だった。おわりに,杏村のプロレットカルト論は,彼が以前からもっていた教育理論が自由大学運動の実践的な裏打ちをもって再構成され,カルトとしての教育という新たな教育観を提出する意義をもつものであった。
- 2003-03-31