<論文>わが國における児童虐待防止運動の歴史 : とくに明治時代における原胤昭の業績を中心として
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概要
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神話の時代から伊邪那岐命と伊邪那美命が不具の水蛭子(ひるこ)を葦の舟に乗せ海に流したという伝説があるわが國では,長い間子どもは親にとって経済的な「もの」「経済的単位」に過ぎず,売ったり買ったり質(シチ)に入れることは自由であった。子どもを売った記録は天武天皇時代(676年)にさかのぼる。江戸時代の八代将軍吉宗のときから人口調査が始まったが,人口は明治時代に至るまで殆ど一定数を保っている。これは「間引き」という新生児殺や堕胎,棄子などが広く行われていたからである。江戸町奉行所の与力であった原胤(タネ)昭はのちに基督教の教誨師となり,免囚事業に勵んでいたが明治42年(1909)から被虐待児の救済に関係し,昭和9年(1933)の児童虐待防止法の成立,施行に至るまで,児童虐待防止に盡くした。江戸,明治,大正,昭和と90年近くを児童虐待のほか社会福祉,犯罪者の更生保護,女子教育等に献身したこの偉大な先駆者の生涯について報告したい。
著者
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池田 由子
国立精神神経センター精神保健研究所
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池田 由子
国立精神神経センター:精神保健研究所:東洋大学発達臨床研究所
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矢花 芙美子
九州保健福祉大学
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池田 由子/矢花
国立精神神経センター:精神保健研究所:東洋大学発達臨床研究所/九州保健福祉大学
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