『ばら物語』の数の考察 (創刊記念合併号)
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概要
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13世紀フランス語の韻文の傑作Roman de la Rose『ばら物語』は,寓意文学であると同時に百科辞典でもある。作者はGuillaume de Lorrisギヨーム・ド・ロリス(1-4,028詩行)とJean de Meunジャン・ド・マン(4,029-21,750詩行)とされる。14世紀に作成された英語訳は,A(1-1,775詩行),B(1,776-5,810詩行),C(6,811-7,696詩行)の3部分に分かれる。Aの訳者はCanterbury Tales『カンタベリー物語』の作者Geoffrey Chaucerジェフリ・チョーサーとされ,BとCとの訳者は未詳である。更に,16世紀のフランスの詩人クレマン・マロが当時のフランス語韻文に訳した。『ばら物語』に関する研究は枚挙に暇がないが,何よりも文学研究が重視され,200種以上を数える写本伝来の研究がそれに続き,言語研究が等閑にされた観がある。この作品は他の作品と較べて,数を頻繁に用いることを特徴とする。数は写本伝来の大きな目安であり,作品の性格を決定する要素の一つであるにも拘らず,象徴論的立場から理解されたのみで,その研究が現在まで除外されている。以上のことに鑑み,次の3刊本の読みを比較検討しつつ,用いられた数の全体像を構成し,客観的考察を行い,本文伝来の実状を明示した。L G.Lorris & J. de Meun, Le roman de la rose, edite par F. Lecoy, 3 vol., Paris, Champion, 1965,1966,1970. M C.Marot, Le roman de la rose, edite par S.F.Baridon, 2 vol., Milano-Varese, Cisalpino, 1954,1957. R The Riverside Chaucer, 3rd Ed., by L.D. Benson, Boston, Mifflin, 1987.1)考察は次のような手順に従った。1.1)表記された数を文脈とともに網羅した(不定代名詞と混用される1を除く)。1.2)数の異同を9項目に分類した(括弧内に種類数を示す)。I L=R=M(13) II L=M≠R(9)III L=R(M(5) IV L≠M=R(1)V L≠M≠R(11) VI L=R(4)VII L=M(37) VIII L≠M(18)IX L≠R(6)1.3)各項目ごとに注意点を指摘した。1.4)数が古典文学,キリスト教,スコラ学に由来する場合は,刊本Lの注に従ってそれを明記した。1.5)頻度により数の概念の体系を示した。2)次の事実が解明された。2.1)0の概念が伝わっていない。2.2)小数,分数,整数の概念がある。2.3)数が1/10から500,000までに広がる。2.4)MはLにほぼ忠実であり,RはLから逸脱している。2.5)好みの数に偏りがある。2.6)Rにおいて,LorrisとMeunは同一の数概念を共有しない。