日本の近代化と規律 : 近代化のエートスの問題
スポンサーリンク
概要
- 論文の詳細を見る
伝統的・封建的幕藩体制の下で鎖国していた日本は,開国するや否や,約40年間で驚異的な近代化に成功した。すなわち19世紀後半,日本は非西洋諸国の中で唯一,憲法をもった近代的国民国家を形成し,資本主義的経済体制を確立し,それとともに科学・技術の発達,教育制度の整備がなされた。社会の近代化は,合理的・能率的社会組織の確立に係っているといってよい。それを成り立たしめているのは,その組織のスタッフの規律である・近代化における規律の重要性については,マックス・ヴェーバーが指摘したとおりである。本論文は,日本の近代化において規律が重要な意味を持つことと,規律に進んで従う精神が日本の伝統に根ざしていることを明らかにすることを目的としてる。明治時代後半になって産業革命と中央集権的国民国家が確立する過程で,工場においてまた国家組織(官僚制度,軍隊)において規律が次第に定着してきた。これら大規模の近代的・合理的集団が能率よく作用するためには,厳格で非情な規律が実現されなければならなかった。その過程において規律を自発的に受け入れ,あるいはそれを求める態度が国民の中に見い出されたことに注意しなければならない。これは,明治の始めから士族を中心に人々を動かしてきた立身出世主義の中に見出される。立身出世のために人々は進んで「勉強」,勤勉と忍耐に専心しようとした。このような態度を形成するのに大きな影響力を持ったのがサミュエル・スマイルズ著(中村敬宇訳)『西国立志編』であり,福沢諭吉著『学問のすヽめ』であった。これらの書物がとくに青年たちに及ぼした影響は,投稿雑誌『頴才新誌』『少年園』そして後の『中学世界』『成功』に顕著にあらわれている。時代が進むにつれ,教育制度が整備されるに従って,立身出世は一定のルートを通じて行われ,そのために,一層組織手機に勤勉と忍耐が要求されることになった。このような規律に従う精神の源泉をたどると,江戸時代の武士道,より正確に云うと儒教の影響の下で成立した改善された武士道すなわち士道に行き着く。立志を中心に組み立てられた士道は,勇気,忠誠,忍耐,節約などの徳を武士達に説いた。これらの徳目はしかし,武士だけでなしに,商人や農民にまでも教えられた。伝統的・身分的制約の下に押さえられていた出世欲は,武士の特権が失われた明治時代初期の士族を動かした。出世のためには,規律正しい行動と生活態度が必要であることは,とくにスマイルズの『西国立志篇』において強調され,明治の青年達とくに士族に生活目標と方針を提示することになった。イギリス本国において彼の著作に影響力を失った後になっても,日本ではこれが読みつがれたことは,これの教えた道徳が受け入れられ,影響を持ったことを示している。それが士道と共通性をもち,士道の適用としての意味をもっていたことに注意しなければならない。こうしてみると士道にみられるエートス(倫理的生活態度)こそ規律を支える要因として日本の近代化の下からの推進力となったと云える。このような共鳴盤があったからこそ上からの近代化,規律の強制と確立もあり得たのである。
著者
関連論文
- 日本の近代化のエートスの限界 : 啓蒙主義の挫折
- 日本の近代化と規律 : 近代化のエートスの問題
- 福沢諭吉における思想の革新と伝統
- 誠実と死の問題
- カント哲学とわれわれの問題
- 社会思想史の方法 : テクスト理解とイデオロギ : 批判の間
- 歴史理論の現代的問題
- 美的観点と道徳性
- 道徳的主体の立場 : 人柄の倫理学の問題
- マックス・ヴェーバーにおける権力政治と論理の問題
- 問いと伝統 : ガダマーにおける認識の問題
- 「時空の科学」