ナスのロボット収穫システムの開発に関する研究
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概要
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ナスの収穫は,大きさ,形および色の異なる果実が点在している中から,収穫適期の果実のみを摘み取る選択手収穫を基本としている。この収穫作業を自動化するためには,一般の産業用マニピュレータでは十分に対応できず,生産者の持つ高度な知的判断能力を具備する知能ロボットが求められている。本研究では,果実認識,接近および採果の収穫基本動作を遂行するナスのロボット収穫システムの開発を目的とした。以下に,本研究の内容を総括して述べる。 第I章は緒論であり,ナス生産の概要とロボット収穫に関する既往の研究成果を踏まえて,本研究の意義と目的について述べた。 収穫作業は,ナス生産の全労働時間の40%弱を占め機械化・自動化が遅れている。対象とした品種‘千両’と‘千両2号’は,市場においてL級(110g程度)の大きさが好まれていることから,生産者は,果実重110g程度の果実を選択したのち採果ハサミで果柄を切断することにより,収穫を行っている。また,V字型整枝法は,比較的容易に果実を通路側に向けることができるため,収穫作業の自動化に適した方法であると判断した。そして,ナスを対象としたロボット収穫の研究がほとんど行われていないことから,収穫作業に関連するナスの基本的な特性を明らかにする必要性を示した。さらに,生産者が行っている果実の認識,果実への接近,および採果の収穫基本動作を,それぞれ画像処理装置,マニピュレータおよび収穫用エンドエフェクタで置き換える開発アプローチを示した。 第II章では,収穫作業に関連するナスの基本的な特性として,ナスの形態的特徴,物理的特性および色特性について述べた。 着果状態での果実の形態的特徴について調査を行い,果実長と果実最大径は果実重との相関が高いことから,収穫適否を判定する指標になる得ることを示した。また,果実はほぼ鉛直下向きに着果している。果形は,果実基部を基準として果実長のほぼ2/3の位置で果実径が最大となる卵形である。 果実の把持方法と果柄の切断方法を検討するため,果実の物理的特性に関する基礎実験を行った。平板で果実を4N以上の力で圧縮すると,果実内部の隔壁周辺に損傷が発生し,7N以上の力で圧縮した場合には,損傷とともに72時間放置後には変色が発生することを明らかにした。エンドエフェクタに具備する果柄の切断機構には,刃先が長くストレートな採果ハサミを選定した。そして,この採果ハサミを用いて果柄を切断するためには,採果ハサミと果柄との作用点に82Nの果柄切断力を生じさせる機構が必要であることを明らかにした。 CCDカラーカメラを用いて撮影したRGB画像における果実の濃度値は,茎葉など他の部位の濃度値に比べて低く,この色特性は,画像処理アルゴリズムを考案するための基本的な情報であると判断した。 第III章では,第II章で得られた基礎データを基に構築した画像処理アルゴリズム,マニピュレータ制御法および収穫用エンドエフェクタについて述べた。 まず,果実を認識するため,2値化処理と垂直分割処理からなる2段階の画像処理アルゴリズムを考案した。2値化処理によりRGB画像の低濃度値の領域を検出し,垂直分割処理により縦長の対象物を抽出し誤認識した茎葉を除去した。この方法により,人工光と自然光で撮影した画像に対して,成功率80.0?97.5%で果実の有無を認識することができた。光環境の変化に対応するために,判別分析法を用いてしきい値を自動的に決定することは有効であった。果実の認識処理の時間は約1sであり,ビジュアルフィードバックに適用できる範囲であると判断した。また,この画像処理アルゴリズムは,果実長の推定精度に比べて最大果実径を推定する精度が高いことを示した。 次に,5軸の垂直多関節マニピュレータを制御するビジュアルフィードバック・ファジー制御モデルを構築した。この制御モデルを用いることにより,果実最大径の部位が画面の中央にくるようにマニピュレータ先端を制御し,300mm離れた果実に接近させることができた。また,ファジー推論を適用することにより,画像認識情報に含まれる予測困難な要因に柔軟に対応し移動量を決定することができた。また,ビジュアルフィードバックの目標領域として,果実最大径の部位が適していることを明らかにした。そして,マニピュレータ先端に小型CCDカメラを装置することにより,ステレオ画像法での対応付けの問題,視覚座標からマニピュレータ座標への変換の問題を回避できることを検証した。さらに,果実への接近動作中に,画像処理データから果実角度の推定が可能なことを明らかにした。一方,接近実験において,カメラと果実との接触位置が垂直方向にばらついたことから,エンドエフェクタには,接触位置にかかわらず果実を安定して把握できる機構の必要性が認められた。 さらに,収穫適否の判定機構,果実の把持機構,および果柄の切断機構から構成されるエンドエフェクタを試作した。各機構は空気圧機器により駆動される設計として,果実の把持機構と果柄の切断機構の性能についてエンドエフェクタを評価した。吸引パッドとゴムアクチュエータからなる果実の把持機構を0.40MPa程度の圧縮空気で駆動することにより,果実を落下させることなく安定して把持できることを検証した。このとき果皮または果実内部には損傷が発生しないことを確認した。また,この圧縮空気で採果ハサミと空気圧シリンダからなる果柄の切断機構を駆動することにより,82Nの果柄切断力が得られることを数値計算から導くとともに,成功率100%で果柄を切断できることを検証した。 第IV章では,第III章で構築した基本要素を機能的に組み合わせたロボット収穫システムについて述べた。 画像処理,マニピュレータ制御およびエンドエフェクタ制御を統合するナス収穫制御プログラムを開発した。このプログラムを用いてロボット収穫システムを動作させることにより,300mm離れた果実に対して,果実の認識,果実への接近,および採果の収穫基本動作を自動で遂行できることを立証した。収穫適否の判断機構の性能を評価するため,マニピュレータの接近動作と組み合わせて採果動作を行い,成功率65?75%で着果している果実を収穫適期前(果実長125mm未満),収穫適期(125?165mm)および収穫適期後(165mm以上)の3段階に選別できることを明らかにした。また,採果動作の直前に,マニピュレータの手首のひねり軸を制御させエンドエフェクタの向きを果実角度に合わせることにより,把持機構内への果実の進入が容易になることを確認した。そして,採果動作中に,手首の曲げ軸を制御させ果実を手前に引き上げた。この制御により,収穫適否の判定機構内に葉を巻き込まずに目的の果実のみを採果できることを確認した。接近動作中に,マニピュレータを,垂直,水平および前進方向に制御するとともに,採果動作時に,手首のひねり軸と曲げ軸の制御を行ったことから,ナスの収穫基本動作を遂行するためには,5つの関節(腰旋回,肩回転,肘回転,曲げ,ひねり)を全て稼動させる必要があると判断した。 そして,ロボット収穫システムの性能を評価するため収穫基礎実験を行った。収穫成功率は約50%であった。果実1果の収穫時間は約1minで,そのうち果実基部の検出と果柄の切断を合わせた採果動作には7.0?9.3sを要することを明らかにした。果柄の切断位置は設定位置よりやや果実側であったが,切断機構を作動させた場合には,必ず果柄を切断できることを確認した。収穫成功率,果柄の切断性能および採果動作速度の面から,本システムの実用化の見通しを得た。 本研究で提案したナス果実の色特性と形態的特徴に基づく画像処理アルゴリズム,並びに収穫適否の判定と果柄の切断機能を特徴とするエンドエフェクタを機能的に組み合わせたロボット収穫システムを開発することにより,果実の品質を低下させることなく収穫適期の果実のみを選択的に自動収穫するための基本機構が示された。今後,施設内全体の収穫作業を完全自動化する収穫ロボットの実用化に向けて,画像処理,マニピュレータ制御およびエンドエフェクタ制御での相互の情報伝達に加え,移動装置との情報伝達が必要となる。また,栽培様式の改良や自動収穫に適した品種の育成を踏まえて,ロボットシステムと生産者との協調作業の導入やシステムの小型軽量化を図る必要がある。
- 農林水産省野菜・茶業試験場の論文