ベンケイガイ(軟体動物 : 二枚貝綱)の模式標本の分類学的考察
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概要
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東北脊梁山地の自然史科学的総合研究に参加して, 山形県酒田市, 鶴岡市で現生のベンケイガイ(軟体動物 : タマキガイ科)を, 秋田県協和町の鮮新世天徳寺層から, ベンケイガイの先祖にあたると推定されている Glycymeris echigoensis を採集した。 現生のベンケイガイは, 日本及び朝鮮産半島南岸の浅海砂底域に固有の, 大型のタマキガイ科二枚貝である。本種は肛門が後閉殻筋上に固定されること, 層状靭帯が繊維状靭帯に完全に包まれるため, 靭帯溝が形成されないこと, 並びに殻表に顕著な刻点列を有すること等により容易に他のタマキガイ科の種と区別することが可能である。地質学的に見ると, 日本海側では鮮新世の大桑-満願寺動物群中の Glycymeris echigoensis 太平洋側では鮮新世の掛川動物群中の Glycymeris nakamurai がベンケイガイと分類学的に密接な関係にあることが推定されている。このようにベンケイガイはタマキガイ科中でも, 地質学的・分類学的によく調べられている重要な種類であるが, その学名に関しては, 必ずしも意見が統一されていない。 ベンケイガイの学名に当てられている Glycymeris albolineata は, LISCHKE (1872) により江戸付近で採集された標本に基づいて記載された。しかしながら, 模式標本が見つからず, 北西太平洋の冷温帯から亜寒帯にかけて棲む Glycymeris yessoensis と同種と見なされたこともあった。G.albolineata は現在では一般に, 日本付近の暖温帯に固有のベンケイガイに当てられているが, LISCHKE (1872,1874) の標本が小型であることや, 図示された標本の膨らみが強く, 外形も幾分丸味が強いため, G. albolineata はベンケイガイではなく, Glycymeris imperialis であるという意見もある。 このような学名の混乱を整理し, また鮮新世の G. echigoensis, G. nakamurai との関係を考察するため原記載中の計測値, 及び LISCHKE (1874) の図より計測した値を, G. albolineata の模式産地に近いと考えられている相模湾産の G.imperialis 及び同湾産のベンケイガイの種個体群の計測値と比較した。 殻長(L)と殻高(H)の相対成長変異について見ると, LISCHKE の種の値はベンケイガイ個体群では稀ではないが, G. imperialis 個体群では極めて稀(出現の確率1%以下)であり, 殻高(H)と膨らみ(Cs)の関係で見ると, G. imperialis ではごく普通であるが, ベンケイガイでは極めて稀(出現の確率1%以下)であるという結論となり, 計測値の検討の結果からは G.albolineata をベンケイガイ, 或いは G.imperialis の一方に断定することは出来なかった。LISCHKE (1872,1874) の模式には G. imperialis 及びベンケイガイ両方が混ざっている可能性が十分にあるが, 殻表に顕しい刻点列を有し, 閉殻筋痕がしばしば褐彩されること等の LISCHKE (1872) の定性的な形質の記載を合わせて判断すると, G. albolineata は G. imperialis ではなく, ベンケイガイであると判断するのが妥当であろう。 国立科学博物館, 東北大学等に保管されている鮮新世から現生に渡る標本に基づき, G. albolineata を再記載し, 現生種の地理分布を示した。
- 1984-12-01
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