美濃国西部における広域条里の再評価と計画道
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概要
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美濃国西部の旧大野郡南部・本巣郡南部・安八郡北部の条里地割を復元し、条里余剰帯の検出を試みた。対象地域における東山道ルートの通説である「せんどう」地名を結ぶルート周辺では条里余剰帯は検出できなかった。条里施行当時の東山道ルートは『延喜式』に記された駅路とは別のルートであったと思われる。 足利健亮氏が初期東山道と想定した赤坂と各務原を結ぶルート上、大垣市三ッ屋付近の中山道沿いに、幅15mの条里余剰帯を検出した。安八郡条里はこれを基準に施行されている。この条里余剰帯は長良川を越えて岐阜市六条付近までたどることが可能であり、近世地誌の伝承から、初期の駅路であったと考えられる。 これとは別に、本巣郡条里17条北縄に幅12mの条里余剰帯として認められる帯地割が存在することがわかった。近世中山道は新月橋で犀川を渡り、北上して3町北の美江寺宿から東進する。この帯地割が新月橋で近世中山道と交差することから中山道の前身と考えられるため、古中山道と仮称する。古中山道は東進して糸貫川を渡ると北に20mほどずれ、中山道の河渡の渡まで直進する。本巣郡条里は糸貫川の東西で陌線の位置が平均25mほどずれていることから、古中山道が本巣郡条里の基準となったと考えられる。犀川以西の大野郡内でも古中山道の帯地割は確認できるが、長護寺川以西では条里余剰帯は存在しないため、条里施行当時の郡界は長護寺川であった可能性がある。 美濃国西部の広域条里は共通の阡陌線のプランを持つものと説明されてきたが、郡ごと・地域ごとにプランが異なることがわかった。その施工基準は初期東山道と古中山道という2本の東西幹道であると考えられる。
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