東ネパール, カンチェンジュンガ地域におけるツーリズムの発達に伴うヤクの移牧と山岳環境への影響に関する考察
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概要
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東ネパールのカンチェンジュンガ・ヒマールにおいて, 将来, 予想されるツーリズムの発達が, 山岳地域のヤクの移牧体系と山岳環境に与えるであろう影響を予測, 考察した。<BR>まず, ツーリズムがすでに発達している東ネパールのサガルマータ(エベレスト山)国立公園において, ヤクの移牧体系にどのような変化が生じているのかを明らかにした。サガルマータ(エベレスト山)国立公園には, 年間16, 000人ほどのトレッカーがやってくるが, これらのトレッカーの荷物を運ぶためのオスのヤクとオスの交配種(ヤクとウシ)の数が増え(全体の47.3%), 一方で乳製品を作るためのメスのヤクの数が減少した(全体の20.5%)。すなわちサガルマータ(エベレスト山)国立公園では, 限られた餌資源を有効利用してきた従来のヤクの移牧体系が, ツーリズムによって破壊されたことになる。その結果, 集落やトレイルの周辺の斜面では, 土壌侵食が生じて餌となる草が減少した。<BR>一方, カンチェンジュンガ地域は, 1987年になってはじめて一般の外国人に入域が許可されるようになり, 1997年に自然保全地域に指定された地域である。年間のトレッカー数は700人に満たないが, この地域が世界で3番目に高いピークであるカンチェンジュンガ山や, ジャヌーといった世界的に有名な山やまを含むことから, 首都カトマンズからのアクセスや基盤整備が進めば, トレッカー数は急速に増加すると考えられる。<BR>この地域の主要な谷であるグンサ谷では, ヤクの移牧が行われているが, これまでヤクの数や移牧ルートなどの基礎的なデータはほとんど収集されてこなかった。そこで, 聞き取りと現地観察によって, ヤクの数と移牧の時空間パターンを明らかにした。この地域では, オスのヤクとオスの交配種がウシ属家畜全体の18.0-21.4%にすぎず, 移牧の主役であるメスのヤクとメスの交配種が全体の63.3-89.0%を占めている。すなわち現時点では, カンチェンジュンガ地域では, ヤクの移牧はツーリズムの影響をほとんど受けていない。<BR>しかしながら, オスのヤクやオスの交配種は, すでにトレッカーの荷物運びに利用されはじめており, 今後, 荷物運びに使われるオスのヤクとオスの交配種が増えて, 集落やトレイルの周辺に集中するようになると, 放牧斜面上で土壌侵食が発生しはじめる可能性がある。そうなると餌資源が減少し, ヤクや, さらにおよそ4, 200m以上でヤクの放牧地と重複して生育するブルーシープ, ならびにブルーシープを餌とするスノーレパード(絶滅危惧種)の生存にも影響を与えかねない。したがって, エコツーリズムの導入と生物多様性の保全が期待されているこの地域では, ツーリズムの発達とヤクの移牧体系の変化, ならびにヤクの移牧と大型野生動物の行動の関係に関する調査が重要であると考えられる。
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