潰瘍治療の変遷と内視鏡
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概要
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中世,近世を通じて潰瘍という疾患の本態は知られてはいなかったが,潰瘍に伴う症状すなわち疼痛と吐血は知られていた.この時代の潰瘍の治療とはすなわちこれらの症状に対する治療で,主として民間薬,呪い(まじない)などが行われていた.日本でも江戸時代は漢方が主体であったが,果たして的確な治療が行われていたかどうかは疑わしい.その後解剖で潰瘍という疾患が明らかにされたが,診断学の未熟な当時は潰瘍の診断は不可能で,吐血を伴わない潰瘍は無いと思われ,また鑑別診断という考え方も無く,出血があれば潰瘍として治療の対象となった.明治時代も後半になって潰瘍の治療には制酸薬が主体となったが,X線検査,内視鏡検査もまだ未開発で,診断は極めて怪しく,効果の疑わしい種々な治療法が施されていた.昭和7(1932)年には欧米で軟性胃鏡が作られ報告され,胃鏡検査の重要さが認識される様になったが,実施できる施設はほとんどなく,胃鏡を用いての診断は机上の空論であった.X線検査の実用化ははるかに遅れ,日本では終戦後それもかなり時日がたった昭和30年頃からようやく行われる様になったが,精度はまだ極めて未熟であった.したがって診断に基づき的確な治療が行われる事はほとんど無かったといっても良い.胃鏡もごく少数の施設で試験的に使われはしたものの,日本での内視鏡の本格的な応用は胃カメラが実用になった昭和32,3年以来のことである.潰瘍治療の薬剤としては終戦後かなり時日を経てから抗コリン薬が登場し,その後相次いで種々な抗コリン薬が登場した.その結果抗コリン薬と制酸薬の合剤が広く使われ,さらに種々な防御因子増強薬が登場したが,その意義は明らかでなく今では全く意味を失った.その後近年になってH2受容体拮抗薬,ついでPPIが出現し,潰瘍の診療も診断に基づき的確に行われる様になった.しかし再発の問題が未解決であった.その後除菌療法が登場し再発の問題も片付いたと思われたが,新たに除菌後の食道炎の発生を見る様になった.本稿ではこれまでの潰瘍治療の変遷と内視鏡との絡みを主体に論じてみた.
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