芳香族光置換反応の配向性と反応機構
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概要
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光求核置換反応における混沌の原因の一つは, 薄弱な根拠のもとに, “merging resonance stabilization” やS<SUP>+</SUP><SUB>RN</SUB>1Ar<SUP>*</SUP>のような無用な概念や機構が提案されたためである。これらを批判的に検討することによって, 経験則1〜4がもつ矛盾を解決することができた。4つの経験則によって説明される反応はつぎの2つに分類できる。<BR>(1) S<SUB>N</SUB>2Ar<SUP>*</SUP>機構 : 経験則1〜3.<BR>(2) S<SUB>N</SUB> (ETANR) Ar<SUP>*</SUP>機構 : 経験則4.<BR>(1) では励起基質が求核試薬と反応し, その配向性は基質のHOMOによって支配されている。 (2) では励起基質が求核試薬から1電子を受けとって陰イオンラジカルとなって反応に関与する。その配向性は基底状態におけるLUMOによって支配されていて, 熱反応と同じである。<BR>報告された反応からみるとS<SUB>N</SUB>2Ar<SUP>*</SUP>型の方が, S<SUB>N</SUB> (ETANR) Ar<SUP>*</SUP>型よりずっと多いが, 時間分解分光法によって反応機構の確定した例からいうと, 後者の方が多い。時間分解分光法 (閃光およびレーザー光分解分光法) は従来広く用いられてきた増感剤や消光剤を使った実験に比べて, 直接反応中間体を検出し, 同定することができる点ですぐれている。したがってS<SUB>N</SUB>2Ar<SUP>*</SUP>型の詳細な反応機構 (Meisenheimer型の錯体の生成および減衰過程など) は, 今後この方法で検討すべき問題として残されている。<BR>芳香族化合物の中でも交互炭化水素については, Hückel分子軌道のような近似の粗い波動関数を用いても, 正しい反応性の予測が可能なことはよく知られている。一方, ヘテロ原子をいくつか含む系では, パラメーターの値に任意性があって, 計算結果に一義性がない。したがって, 正しい反応性の予測は必ずしも保証されないが, 多くの光求核置換反応 (S<SUB>N</SUB>2Ar<SUP>*</SUP>型の光シアノ化, 光ニトロ化反応など) の配向性は, Hückel分子軌道を用いても充分に説明できる。このようにHückel近似のフロンティア軌道法は, 有機光化学の実験家にとって光置換反応の配向性を定性的に予測するための簡単に使えて, しかも有力な方法であるといえる。<BR>また, 反応の電荷移動理論を用いると, 基質と試薬の準位の相対的位置関係が熱反応に不利であっても, 光反応では有利になることが容易に理解できる。特に基質のイオンラジカルを中間体とするS<SUB>N</SUB> (ETANR) Ar<SUP>*</SUP>やS<SUB>E</SUB> (ETANR) Ar<SUP>*</SUP>型の反応には明快な解釈が得られる。<BR>光求核置換反応が合成化学上の有用の手段となる可能性は既に指摘されている。芳香族炭化水素 (ベンゼン・ビフェニル・ナフタレンなど) の誘導体に比べると, 複素環化合物の反応は, 未だ系統的に研究されていない。今後, この分野の研究の発展が期待される。
- 社団法人 有機合成化学協会の論文
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