天蚕糸の構造と物性
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概要
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天蚕繭及び天蚕糸について,繭糸の吐糸形態,繭層に含まれるシュウ酸カルシウムと繭層及び繭糸の練減率との関連,フィブロインの高次構造とその変化,繭糸のフィブロインの荷重-伸長率曲線の解析方法について研究を行い,次の結果を得た。1.繭糸の吐糸軌跡は家蚕繭と同じくS字型を基本とし,狭い範囲にまとめて規則正しく吐糸してから他の部分への移動する特徴が認められた。2.吐糸軌跡の振巾と振長は家畜より大きく,胴部は破風部より大きかった。しかし,繭層の層位による差は比較的小さかった。3.吐糸形態観察の結果から,この繭の繰糸が困難な直接的な要因が吐糸形態にあるとは考えられなかった。4.繭層に含まれる白色粉末はシュウ酸カルシウムであることを確認し,繭層の表側に多く裏側に少なく分布することを観察した。5.繭層練減率は30%前後で,家蚕及び他の野蚕繭層より大きい値を示した。しかし,練減率の約40%はシュウ酸カルシウムで占められ,セリシン含量は家蚕繭層よりむしろ少ないことがわかった。さらに,本研究の範囲では,生葉育蚕繭層に比べて人工飼料育蚕繭層の練減率は小さくその中で占めるシュウ酸カルシウムの比率は大きかった。また,膿病蚕繭層は練減率において健蚕繭層と大差がなく,シュウ酸カルシウムの比率は大きかった。6.繭層の精練速度は,見掛け上家蚕繭層より大きい。しかし,シュウ酸カルシウムの存在を考慮して精練曲線を補正すると,セリシンの溶解速度は家蚕繭層セリシンとの間にほとんど差異が認められなかった。7.一粒繰り繭糸の練減率は,煮繭・繰糸の過程でシュウ酸カルシウムが脱落するため,繭層練減率の55%に過ぎなかった。8.後部糸腺液状フィブロインのpHは,家蚕液状フィブロインで報告されている値よりやや低い6.39~6.46であった。また,フィブロインの分子量として3.0×10 5 が得られた。しかし,分子の会合またはサブユニット構造があるか否かの検討は行わなかった。9.後部糸腺液状フィブロインまたはその水溶液を風乾して,αヘリックスを含む不規則コイルの水溶性固形フィブロインまたはフィブロイン膜を得た。これらの水溶性フィブロインは吸湿と放湿の繰り返しにより徐々にβ化と結晶化を起こして水に難溶性となり,湿熱処理はこの変化を著しく促進することを見出した。10.水溶液中のフィブロインは凍結によってβ化せず,煮沸水浴中での加熱では容易にβ化することを知った。これは家蚕液状フィブロインとは対照的な減少で,ポリ-L-アラニンを主用な一次構造とするフィブロインに共通な特徴であると考察した。11.繭糸フィブロインにおける分子鎖の配向は家蚕繭糸フィブロインに劣り,熱水処理でさらに低下すると共に繊維長で4~5%収縮することが認められた。収縮した繭糸フィブロインは湿潤状態で延伸して乾燥固定すると配向は再び向上し,この変化は可逆的であることが解った。12.繭糸フィブロインは機械的な磨砕により一旦非晶化する。しかし,これに吸湿させて放湿させると再び結晶化すること,結晶性部分のみを磨砕しても非晶化しないことなどから,磨砕による非晶化は結晶構造の崩壊ではなく単純な乱れであろうと考察した。13.繭糸フィブロインの荷重-伸長率曲線は伸長率5~20%の範囲に塑性伸長による流れを示すことを特徴とし,多くの点で柞蚕繭糸フィブロインと類似していた。14.荷重-伸長率曲線は近似的に3次式を適用して解析しても差し支えがなく,曲線の特徴はXの係数に表われ,数式の上からも曲線の特徴を読み取れることを知った。15.荷重-伸長率曲線を中心とする力学的挙動に見られる特徴,水分率が大きく比重が小さいことなどは,フィブロインの構成アミノ酸の中で側鎖の大きいアミノ酸の占める比率が大きいため,非結晶性部分が分子鎖の折れ曲りやゆがみの多い疎かな分子凝集構造をとっていることに起因すると考察した。
- 1984-12-00
著者
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