戦争の時代の子どもたち : 瀬田国民学校『学級日誌』を読み解く
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概要
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大津市の瀬田国民学校(現・瀬田小学校) 5年智組(担任・西川綾子教諭)の女生徒らが、太平洋戦争も末期に近い昭和19年4月から20年3月にかけて描いた『学級日誌』の展覧会と講演会「筆者が語る戦中『学級日誌』」を2008年6月に開催した。この『学級日誌』について、わたしは、2つの点で重要だと考えている。第一は、歴史資料としての側面である。とくに、(1)1年分がそっくりそろっている、(2)しかも後で思い出して描いたものではなく、まさしくその日に描かれている―という2点を指摘したい。また、瀬田国民学校という限られた空間の記録でありながら、同時に、若者を戦場に送り出し、銃後を支えた、全国津々浦々の戦争体験、いわば「どこにもあった戦争」の記録でもある。第二は、教育的な資料としての側面である。日誌を見るわたしたちを驚かせるのは、そこに描かれた絵や文章が、わたしたちが考える「抑圧された戦時」とは相いれそうにない、自由で柔らかな情感を伝えていることだ。絵についていえば、しばしば省略や遠近の逆転などの手法を用いて、ある種の抽象化の効果を上げている。明るい色彩も、意外である。文章についてみると、たとえば「ゆりの花が咲いた」と喜び、「麦の芽が伸びてきた」、「日が短くなった」と自然観察も怠らない。「疎開の子」への真摯で素直な憧憶と同情は、ほほえましくすらある。あの抑圧の時代に、なぜ、どのようにして、このような細やかで明るい感性が育ったのか。その点を問うことで、昨今の殺伐とした世情に対抗し、教育の行き詰まりを打開するヒントを探ることも可能なのではないか。いずれも興味ある課題だが、本論では、とくに第一の歴史資料としての側面に的を絞り、日誌の絵と文章をもとに、当時の学校行事や子どもたちの暮らし、考え方などを探る。 The Faculty of Intercultural Communication, Ryukoku University held a lecture meeting based on an exhibition of a classroom picture-diary drawn by 10-year old girls of Seta KokuminGakkou (primary school) towards the end of World WarII (April 1944 to March 1945). The lecture meeting was on 17th June, and we also held an Exhibition at REC Hall from June 12-23rd. The picture-diary is important as a historical document because it was written and drawn at the time of war and shows war-time village life, seasonal school activities, etc. In this paper, the daily life and ideas of war-time Japanese children are examined through the writings and pictures in their diaries.
- 2009-03-10
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