幕末期における情報化社会の成立とその展開: 石清水八幡宮社士・河原崎家の事例を手がかりにして
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概要
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「情報化社会」といわれる今日の情況を反映して、「情報」というものに注目が集まっており、その意義などについて各分野での考察が盛んに行われている。近世史の分野でも従来からの街道、飛脚といった交通史、黄表紙、絵草紙やかわら版といった出版文化史など「情報」を素材とした研究が数多くなされている。また幕末期における「情報」の情況についても、嘉永六年(一八五三)六月のペリーの来航やアヘン戦争などの海外情報をはじめとする政治・社会情報を中心として、和親・開国、穰夷・鎖国の両論の政局、政策的な論議の推移を対象とした研究がなされ、一定の成果を挙げている。それはペリi来航時におけるアメリカ大統領の国書の諸大名から庶民層にまでへの開示・意見聴取をおこなったように、幕府上層部など特定の階層での「情報」の独占、隠匿ということはなくなった。そして「情報」の上から下、横への広がりや情報交換のための人的なネットワークの形成がなされて、各地で一般民衆のレベルでも海外情報をはじめ多種多様な政治・社会情報をかなり自由に入手することのできる「情報化社会」へと幕末の社会構造が変化していったとされる。また一方で宮地正人氏は、ペリーの来航情報に始まったこれら十九世紀後期の、「情報」が民衆の問で蓄積されていく情況を「風説留的社会」の成立とし、幕末期の政治問題を開国、鎖国の政策論議のレベルではなく、急速に形成されつつあった国民的輿論11「公議輿論」と幕府の専制的・家産制的政治支配との構造的矛盾のレベルに存在していたとしており、この「公論」世界の成立が近代社会成立の条件の一つであるとしている。そこで本稿ではこれらの成果を踏まえつつ、中央での政治的発言力、権力を持たなかった山城地域における在地有力者層が、いかにしてペリーの来航などの海外情報やそれ以降の政治・社会情報を入手、分析、理解し、近代「公論」世界の担い手としてその形成に関わりを持っていったかについて、石清水八幡宮社十・河原崎家を例にとり、考察をしようとするものである。
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