ラフメートフ考-「特別な人間」のイメジャリー構成-
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概要
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エヌ・ゲー・チェルヌィシェーフスキイの長編小説『何をなすべきか』第3章29節は,「特別な人間」<Ocoбeнный челoвeк>という独自の表題を持つ。それは恋愛小説もしくは家庭小説仕立ての物語的展開(「開かれた筋」1))を中断するように嵌め込まれたひとつの挿話である。挿話あるいは挿話的人物は,『死せる魂』のコペイキン大尉の物語や『戦争と平和』のプラトン・カラターエフの例を持ち出すまでもなく,その属性の一部である偶発性・意外性によってしばしば異彩を放ち,読者の注意を惹きつける。「特別な人間」ラフメートフの挿話も例外ではない。さらに加えて,この場合,第29節とそれに続く第30・31節は,作者からの内報を担った「イソップ的筋」(革命的蜂起のアピール)の中枢を占め,小説の構造上不可欠の体系をなしている。これらの数節において,政治的暗示のかずかずを受けとめ,寓喩を解読し,ラフメートフその人にアピールの仲介者,革命的思想の具象化を見出すのはそれほどむずかしいことではない。実際,われわれの先人たちは,ピーサレフもプレハーノフもルナチャールスキイもレーニンも,みなそのように読んできたのだし,作品の注解者たちはこうした読み方の歴史的裏づけをとることに専心してきたのである2)。だが考えてみれば, どうやらこのような読みを可能にしているのは,作者の伝記的事実の知識でも,主人公のプロトタイプを特定することでもなく-だからといって私はそうした基本的作業の必要性を否定しているのではない-むしろ,作品の構造それ自体であるらしい。つまり,テキスト外的・言語外的事実,いわゆるレアリアrealiaの単なる寄せ集めではなく,挿話の言語芸術としての特質,なかんずくイメジャリー(イメージの集合体)構成のあり方とそれを支えているチェルヌィシェーフスキイのレトリックの独自性なのである。「特別な人間」のイメージの造形,彫琢に際しての作者の砕心ぶりは,「文学記念碑シリーズ」版『何をなすべきか』(1975年 3)) に収録されているテキスト・草稿・浄書原稿の断片のそれぞれを比較対照することによって明らかになるだろうが,ここでは本文批評そのものを取り上げようというのではない。個々のイメージとその集合体イメジャリーの構成原理が,挿話の構造内部でどのように機能しているかを探ってゆく過程で,さまざまのレヴェルの「暗示」をいくらかでも明示化することがこの小論のねらいである。本論に入るまえに,必ずしも統一され固定化しているとは言い難い「イメージ」なる用語の,本稿での用語法について一言しておきたい。ここでいうイメージとは,心理学でいう心象,美学・文芸学でいう形象の狭義に用いられるのではなく,比喩や象徴の転義を含めた,場合によってはフィギュアfigureをも含めた広義の概念として用いられるものである。それは当然,「暗号記法」<тaйнoпиъ>またはいわゆる「イソップの言語」<эзoпoвязык>をも包摂することになるだろう。
- 1986-02-05
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