Die Industrialisierung und die Kunst in der japanischen Moderne――Die Mythen im technischen Zeitalter
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概要
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本テクストDie Industrialisierung und die Kunst in der japanischen Moderne ――Die Mythen im technischen Zeitalter (「日本近代における産業化と芸術――科学技術時代の神話」)は、2008年10月29日、シュトゥットガルト工科大学(Hochschule für Technik Stuttgart)で行なわれた講演原稿に加筆したものであり、明治維新から太平洋戦争までの産業化・近代化が、当該時代の芸術にいかなる影響を及ぼしたのかという問題意識のなかで、芸術家たちがその生と制作のベースとした共通理解(「神話」)を、明治期・大正期・昭和期のそれぞれにおいて区別し、その移行を科学技術化の進展と絡めて論じたものである。すなわち日本洋画のパイオニア・高橋由一の画業が示すように、明治維新後、欧米の科学技術の導入のなか、芸術もまた殖産興業の一翼を担うものとして位置づけられ、芸術家たちは己れの制作活動を国家経世への寄与として規定していたが、その際彼らが依拠した国家とは、維新以前から存続してきた家共同体を加工したものであった。だが近代化は、そのような家=国家観に亀裂を生じさせたのであり、旧来人々を支配するとともに庇護してきた体制を掘り崩し、根を失った個人を近代都市のなかに浮遊させ始める。世紀転換期の頃からの芸術がそうした揺らぎをどのように受け止めていったのかを、それ以前の世代を代表する浅井忠と、彼の友人であり同じく世紀末美術を受容した夏目漱石との比較を通して確認し、その揺らぎが大正期の個人の神話の形成へとつながっていくさまを、高村光太郎など大正期芸術家の造形を通じて示した。さらにそうした国家を超えた個人の神話の脆弱さを、萬鉄五郎の画風の変遷を追跡することによって探ったうえで、そこに昭和期の複製された国家神話の形成の素地を探ったのであり、加えて明治期の国家イメージとの差異を確認すべく、1880年頃描かれた五姓田義松らの富士山の絵画に対して、太平洋戦争開戦当時の横山大観のそれが放つアウラの人工性を指摘した。結論は以下のとおりである。科学技術の根本動向は、一切の有用化、手段化の徹底として目的を排除する限り、有用性そのものの無意味化を引き起こさざるをえない。その流れのなかにある私たちもまた、近代化のなかに生きた芸術家たちと同様、この無意味化を補うべく目的付与装置としての神話の絶えざる創出を運命づけられているのであり、おそらく現今のサスティナビリティーもそうした神話の一つである。そのような神話創作の不可避的な反復のなかで、いかに目的の不在に耐える術を獲得するのかが科学技術時代に生きる私たちの根本的な課題であり、またこの時代の芸術に問われていることでもある。 なおドイツ語原稿としての完成には、Dr. Michael Geigerd氏(Hochschule für Technik Stuttgart)、 Maren Zimmermann氏(京都大学文学研究科日本哲学史講座留学中)の助けを借りた。記して感謝の意を表わしたい。
- 2009-07-31
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