動くものの知覚 : 運動の中に知覚される意図
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概要
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これまで,知覚の体制化に関する研究の多くが,静止対象によって行われてきた。共通運命の法則(Wertheimer,1938;鷲見成正,1970)という優れた成果はあるが,運動視という領域を巡って,我hが手にすることのできる「現象カタログ」は到底豊かなものとは言い難い(山田・増田,1991;増田・小松・古崎,2000)。しかし,運動視は知覚の研究のために極めて豊かな素材を提供してくれるはずの分野であること,現在の映像技術により,かつては考えもしなかったような場面を提供可能となり,新たなステップを踏み出す可能性の存在を鷲見(1991)は指摘している。増田・小松・古崎(2000)は,そういった問題意識に基づいて,ディスプレイに示した点の動きから生き物に見える動きの分類を試みている。 そうした状況の動くものの知覚についての研究の中で,知覚された運動についてのKanizsa(1991)の分類が示唆に富む内容を含んでいる。この分類にはまだまだ考えるべき点が残されているが,これから運動の知覚の分類を試みる際に,非常に重要な視点を与えてくれる。Kanizsa(1991)は,知覚された運動を,自然な運動・受動的な運動・表現している運動に分けている。自然な運動は,落下や振り子の運動のように,単に起こっているという印象を受ける運動である。受身の運動は,Michotteの因果関係の知覚の例(Michotte&Thines,1963)に見られるように,動いている物体自体に起因した運動ではなく,外からの力によって与えられたように見える運動である。表現する運動は,運動によって何かが示されている運動で,a)相貌的(physiognomic)な運動,つまり,物体や,心や,そのものらしさを示す典型的な行動に特徴的な運動や,それらを暗に意味する運動,b)心理状態の現れ,つまり情緒,感情,怒り,苦痛,好意,憎しみ,驚き,恐怖など,人の一瞬の様子を示す運動,c)意図的な動き,つまりそれは内から求められ,方向づけられた「なにか」の動きの知覚という下位項目に分けられる。意図的な動きの例として,探索の運動があげられている。「迷路を歩きまわる子ねずみを見れぽ,ありのままの印象から,ねずみが探したり,観察したり,探索の的を絞ったりすることからこのねずみの行動の運動の力学的構造が導かれる。このねずみの行動は自発的,自律的であり,因果的ではないように見える,つまり,意図的(intentional)なのである。」 Kanizsa(1991)の分類中の受動的な運動および意図的な運動には, Michotteによって研究された因果関係の知覚が深くかかわっている。Michotteは,円盤法と呼ぼれる装置によって,複数の幾何学図形の運動の中に,ある対象Aが別の対象Bに対して働きかける,対象Bは対象Aから受けた力によって動かされてしまうといった知覚が生じ,その対象間の関係は提示パターンの条件の操作により制御可能であることを示した(Michotte& Thines,1963)。Michotteは方法論的には実験現象学的アプローチをとっていた。実験現象学という言葉を使ったのはC.Stumpfであった(Boring,1950)が,この分野はMichotteによってめざましい水準の科学的な成果にまで高められた。Michotteは,「実験が適切にデザインされているならば,被験者の言語反応は主体の体制化の妥当な指標となる(Thines,1991)」と考えていた。実際に,Michotteの因果関係の知覚の研究において,知覚される因果は,対象間の速度の違い・移動距離・様々な時間関係といった条件と厳密な対応関係を持っている。基本的な例として追突印象(launching effect)1)・運搬印象(entraining effect)などがある。 例えぽ,追突印象が知覚されるのは,以下のような事態である。1つの静止している対象Bが提示され,その後に別の対象Aが出現し,対象Bに接する位置まで直進し,接したところで停止する,その直後に対象Bが対象Aよりも遅い速度で短い距離を直進する(Fig.1(a))。そうすると対象Aは自ら動き,対象Bを突き飛ばし,対象Aに追突されたことによって,対象Bが動いたように見xる。この際,対象Aが対象Bよりもかなり速いと追突印象が知覚されやすいが,逆に,対象Aよりも対象Bが速いと対象Aの接触がきっかけとなって,対象Bが自分で動くように知覚される。これを引き金印象(triggering effect)と呼んだ。この場合,いずれの対象も自ら動く。また,対象Bの移動距離が長くなると,自分で動いているように知覚される。対象Aの静止から,対象Bの始動までの時間が長いと対象Bは自ら動く様に知覚される(Michotte&Thines,1963)。また,対象Aが対象Bに接した後に,対象Aが停止せずに対象Bともども同じ速度で直進していく(Fig.1(b))と,対象Aが対象Bを運んでいくように見xる(Michotte&Thines.,1963)。これを運搬印象と呼ぶ。対象Aには意図が知覚されるが,対象Bの動きには知覚されない。 これらの印象の違いは対象間の速度の違い・移動距離といった条件と厳密な対応関係を持っていることが示された。「このような関係は,通常の精神物理学的測定で得られる関係と酷似しており,いわゆる感覚についての閾値などを求めるのと同様に,〈因果性〉に関する閾値を求めることもできる(柿崎祐一,1970)。」体制化された構造,体制化された全体という意味で,因果印象は時系列上のゲシュタルトである。 Heider&Simme1(1944)は,いくつかの図形が複雑な軌跡を描いて動きまわる2分半のアニメーション映画を作成した。Table 1にこの映画の主要なシーンの特徴の記述を記す(山田・増田,1991参照)。またその1シーンをFig.2に示す。 被験者にこのフィルムを見せ,見たことを文章で記述するように求めた。第1グループの被験者34名のうち1名だけが,幾何学的な用語で記述したが,他の被験:者は,生き物の一連の行為として,記述した。幾何学図形の運動を人の行為として解釈するように教示を受けた第2グループの36名は登場人物が3名の物語を作った。第1のグループが自発的に記述した内容と第2グループが記述した物語は一致していた。Hider&Simmel(1944)は,4つの典型的な運動の組み合わせをあげている。1.一瞬の接触を伴う継起的運動(エネルギーの見xの運動(Michotteのいう追突印象))2.長い接触を伴う同時運動(突然の衝突ではなく,長い接触中の押し,引き)3.接触のない同時運動(同じ方向への動き。追う,逃げる,導く)4.接触のない継起運動 見ている人が一連の運動の軌跡を数学的に記述したり,記憶するのにはあまりに複雑である。1つの物語として記憶するならぽ単純なものとなり,見ている人は比較的単純な物語にまとめることができる(山田・増田,1991)。単なる幾何学図形の動きに物語を人は見出す。対象間の意味的関係も「共通運命の法則」や三次元的な体制化と同じように我々が知覚するまとまりのひとつである。意図も三次元性や対象の同一性同様,動きの中にその情報があり,何によって動いているのかという対象の運動の自律性,対象どうしのやりとりといった対象間の意味的関係について記述することはきわめて自然である。 また,増田・小松・古崎(2000)は,点の動きから生き物として知覚される条件を探り出す際に,知覚された動きのカテゴリーとして,「生き物的」・「機械的」・「受動的」などをあげている。生き物として知覚される条件として,(1)回転運動を含まない,(2)進行方向を不規則に変化させるもの,(3)速度の変化は必ずしも必要ない,といった点があげられている。また,一定の重力場に沿った運動をする必要があることも示唆されている。 本論文では,動きの中に意図が知覚される事態の観察の対象として「じゃれっこモーラー」という玩具を中心的に取り上げる。この玩具は2つの部分から成る。つまり,モーターを内蔵する球体とそれに取りつけられたぬいぐるみから構成される。球体に内蔵されたモーターが偏心して自転させるようになっているので,全体としての運動は球体部分に依るのだが,知覚される動きとしては,球体部分が主体として動くか,ぬいぐるみ部分が主体として動くかは様々な条件によって異なる。ぬいぐるみ部分がボール部分にじゃれつくように見せようとして作られていると思われる。ぬいぐるみが動物に似ているから,生き物らしく知覚されるというわけではなく,生き物らしさ,ぬいぐるみ部分がボール部分に働きかけるという「意図」はその動きの中にあるように思われる。どのような動きから,生き物らしく知覚されるのか,意図が知覚されるのかをいくつかの観察から明らかにする。観察1では,床面の滑りやすさを変えることにより,動きそのものの変化が,生き物らしさ,意図の知覚にどのように影響するかを検証する。観察2では,ぬいぐるみ部分を変えて,ぬいぐるみ部分の性質が生き物らしさ,意図の知覚にどのように影響するかを検証する。観察3では,じゃれっこモーラーと同じ様な動物を模した玩具「ころころモルモル」との比較から,生き物らしく知覚される動き,意図が知覚される動きを分析する。
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