ミノガ科のBambalina属の定義と日本のBambalina sp.についてのノート(鱗翅目,ミノガ科,オオミノガ亜科)
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概要
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日本では松村松年(1907)以来ミノガまたはヒメミノガ(Bruandia niphonicaの和名ヒメミノガとは別)の和名の下に,雄の翅が全面黒色の中型のミノガが北海道から九州まで広く分布することとして図説されてきた.この種の学名としては松村(1907)のPachytelia unicolor(属名は正確にはPachythelia)や以降の多くの図鑑類などではCanephora asiaticaが用いられてきた.前種は現在はCanephora属としてより古い種名であるhirsutaが当てられているので,問題の種は我が国では一貫してCanephora属として扱われてきた.著者の1人清野はこの種の所属に疑問を持ち,ドイツのW. Dierlの示唆に基づいてBambalina属に所属させ,和名としてミノガの代わりにクロツヤミノガを用いた.このように本種の学名は,Canephora asiaticaからBambalina sp.に変遷し,最近の日本産蛾類標準図鑑IIIでもこの名称が用いられている.Canephora属の種は日本にはオオキタクロミノガC. hirsuta(北海道)とキタクロミノガC. pungelerii(北海道,本州,四国)が生息するが,これらの幼虫は草本食で,地上で生活する.一方,和名でミノガと呼ばれてきたクロツヤミノガは基本的には木本食で,この他に樹幹,石塔などに生じる地衣や蘚類などを食餌としている点でもCanephora属との関連は認められない.しかし,Bambalina属そのものがどのような形質をもつものかが十分に解明されていないためにDierlの示唆のようにクロツヤミノガがこの属に真に含まれるか否かについては確定的なことが言えなかった.そこで著者らは英国のOxford大学博物館に所蔵されていたBambalina属のタイプ種であるOiketicus (Cryptothelea) consortus Templetonの唯一のホロタイプ(雄)を調査した.このホロタイプはセイロン(スリランカ)産の雄で,原記載の論文ではあたかも完全な標本のように図示されているが,この論文では著者が飼育中の個体の羽化に気づいた段階でかなり傷んでいたことが記されている.実際の展翅標本は翅,特に前翅の端半部が破れ,鱗粉が著しく剥げている状態である.さらに,後世の研究者によるものとみられる措置で,片方の触角だけが先の節を失った状態でカプセルに収められ,腹部はおそらくKOH処理がなされたと考えられるものを再び乾燥して別のカプセルに収められ,前脚と後脚が各1本ずつ,これもKOH処理を行った上で厚紙に水溶性の糊で糊付けされていた.一方,標本本体の脚は中脚が2本残されているだけであった.このような標本について,破れている左右の翅を合成した形で翅脈相を明らかにし,また腹部は再度湯煎して背板と腹板の形状並びに交尾器を観察し,分類学上で重要な前脚について糊を溶かして観察した.上記の研究の結果,このホロタイプの主要な形態形質を次のように明らかにできた.すなわち,触角は長い両櫛歯状,単眼を欠き,翅はおそらく一様に褐色で,前翅表の鱗粉は幅広く,端縁は通常3個の鋸歯にわかれる.前翅は全ての翅脈を具え,基本的にはクロツヤミノガと同様で,中室内でM脈は分岐し,中室前末端は尖る.後翅は全ての翅脈を具え,R_1脈は中室前縁の中央より先でRs脈から分かれて,短く独立した後にSc脈と癒合し,その部分から1本の短い距脈を生じ,中室内でM脈は分岐し,中室前部は後部よりかなり短く,M2脈とM3脈は基部で短い共通柄を持つ.脚はおそらくKOH処理段階の内部筋肉の溶融に伴う膨潤によって著しく亀裂が入り,最も重要な前脚の葉状片が生じる部分が欠失していたために,葉状片の有無は確認できない状態であった.しかし,前脛節の緩やかな曲がりや,下面の弱い縦の隆起条などの存在から,おそらく葉状片が存在したものと推測できた.中脛節及び後脛節は距を欠く.交尾器はやや扁平で長く,dorsumの後縁中央はやや深い欠刻があり,valvaのampullaは扁平・円形,harpeの先端には顕著な3本の棘を生じ,いわゆるvalva penisは発達せず,phallusの先端は左右に半円形に膨出するとともに背方にも強く張りだし,また顕著なcornutusを欠く.以上のホロタイプの形質はBambalina属のもう一つの既知種Bambalina africaにもほぼ一致し,そのままBambalina属の特徴と考えることができる(B. africaでは1個のcornutusを持つ).この形質に基づいてBambalina属と東洋区の近縁属との関係を考察すると,翅脈相ではAmatissa,Kopheneの2属に酷似している.Hampson(1893)はこれら3属を同一としているが,彼が果たしてそれぞれの属のタイプ種のタイプ標本を十分に検討した結果とは思えない点がある.KopheneについてはDierl(1969)がタイプ種のタイプ標本を詳しく調査している.一方Amatissaのタイプ種のタイプ標本の研究は行われていない.そのためにBambalinaの有効性については今後の研究にまつところが大きい.上記のBambalina属のタイプ種の研究から,清野およびその後の著者等のBambalina sp.はBambalina属に含まれないことが明らかになった.本種の所属については,さらに東南アジアのオオミノガ亜科の属の検討が必要であり,当面は所属に疑問があることを示すために,"Bambalina" sp.として記録するのが妥当である.
- 2013-11-08
著者
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荒谷 邦雄
Biosystematics Laboratory, Graduate School of Social and Cultural Studies, Kyushu University
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杉本 美華
Kyushu University Museum