無限という病 : デュルケーム・バタイユ・ラカン理論による現代アノミーの分析
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概要
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本稿の目的は、「自殺論」でデュルケームが「無限という病」とよんだアノミーの概念を再検討することをとおし、欲望の無限化という<症候>を産み出す社会構造を分析することにある。最初に、欲望の無限化とはどのような生態を意味するのか、という問いを考察する。第一に、それは、主体が産業社会が生産する対象を「永続的」に追求するという行為形式を意味する。第二に、それは、欲望が特定の対象から離脱し不在の対象へと拡散することを意味する。次いで、主体に無限回の欲望追求を強いる機制を考察し、それが「進歩と完全性の道徳」にもとづく産業社会の価値体系にあるとみたデュルケームの洞察に光をあてる。さらに、デュルケームがアノミーを暴力性エネルギーの沸騰として記述した点に注目し、彼が示唆したにすぎなかった、この沸騰と産業社会の価値体系との関係を、バタイユのエネルギー経済論(「普遍経済論」)によって理論的に説明する。最後にラカンの欲望論にもとづいて、アノミーは「倒錯」を導くとする作田啓一の解釈を検討し、この現象の病理としての意味を明確にする。以上の考察は、欲求の無規制状態という通説的なアノミー解釈に再考を迫るとともに、豊かな現代社会にただよう空虚さと突発する暴力性を理解するためのひとつの糸口を与えるものとなるはずである。
- 2003-05-24
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