ボルネオ産トガリキチョウの生態
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概要
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トガリキチョウ属(Dercas Doubleday)は東南アジアからスンダランドにかけて4種を産するが,これらの中には種間関係の明確でないものも含まれている.幼生期についても未調査の部分が多く,Mell(1943)によるこの属の卵,幼虫,蛹のラフな記載とD.verhuelli(Van der Hoeven)の卵の図やJohnston&Johnston(1980)による香港産のD.verhuelliの幼虫写真が見受けられる程度である.私達は,ボルネオのキナバル山国立公園でD.gobrias(Hewitson)の老熟幼虫と蛹を観察したので報告する.また,熱帯雨林での成虫の行動も,特に林内の階層に関して調査したので,併せて報告することにした.観察は1993年8月,1994年2月,3月,4月にPoring温泉(標高500-750m)周辺で行われ,canopy walkway system(林冠通路網)から飛翔中の個体を森林内で記録する方式によった.飛翔中の成虫は双眼鏡で追跡し,林床から林冠までを10m間隔に区切って20分ごとにその個体数を記録した.樹高の最も高いものでおよそ50mであったが,成虫の飛翔は30-50mの林冠部で最も多く見られた.また,熱帯のいくつかのシロチョウ,例えばベニシロチョウ等と同様,♂に比べて♀は極めて少なく,その比はおよそ♂40:♀1であった.1994年の観察期間中は様々な木が花をつけていたが,成虫の訪花や給餌は見られなかった.交尾や産卵行動も見られなかったが,♂はしばしば,恐らく探雌のため,日に数回発生木上部の飛翔回廊を利用していたので,本種の行動は典型的な探索型と思われる.幼虫は1994年3月27日,ほぼ老熟した1頭が蔓性のマメ科の巨木の地上40mほどのところで得られた.この幼虫は2日後に前蛹となり,その翌日蛹化,10日後の4月9日に羽化(♂)した.この植物の正確な鑑定はできなかったが,恐らくDalbergia属のものと思われた.文献記録によると,Mell(1913,1943)は中国南部のD.verhuelliの食樹としてマメ科のDalbergia属を挙げており,Johnston&Johnston(1980)も香港産の同種の食樹として同じ属のDalbergia benthamiを記録している.幼虫と蛹は図示の通り.幼虫の形態と色彩は,モンキチョウ亜科の多くの典型的な特徴を有し,蛹の形と色合いはツマベニチョウによく似でいる.蛹が下向きなのはシロチョウ科にあってはやや異端だが,これが正常なものかはこの1例だけでは判断できない.ボルネオでの私達の観察から,本種は基本的には手付かずの熱帯雨林の林冠層の昆虫であって,そのようなところでは少なくとも時期的には稀でないことが分かった.東南アジアの熱帯域でこの属の蝶が少ないのも,そういった林冠部に近づきにくいことによると思われる.熱帯雨林の稀な蝶の多くは,本当に少ない訳ではなく,結局はそのような林冠生活者と判明することも期待される.トガリキチョウ属の食樹がDalbergiaに限定されているかどうかはさらに調査されねばならない.Dalbergia属の植物は特殊な二次代謝物(イソフラボノイド)で特徴付けられるが,もしトガリキチョウ属がもっぱらこの植物に結び付くことが判明すれば,他の点ではモンキチョウ亜科の例えばヤマキチョウ属などとの区別が難しいこの属の単系統性や分類学的区分を支持する派生形質となるかも知れない.
- 1997-03-20
著者
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Fiedler Konrad
Lehrstuhl Tierokologie I Universitat Bayreuth
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Schulze Christian
Lehrstuhl Tierokologie I Universitat Bayreuth