米国の対外純負債の持続可能性を再考する(上) : 対外資産・負債の投資リターン格差と持続可能な貿易赤字の規模
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概要
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米国の貿易収支、ないしは経常収支赤字と対外純負債の持続可能性の議論は、これまで無数に繰り返されてきた。概括的に言うならば、1990年代までは経常収支赤字というフローの分析に焦点を当てたアプローチが一般的であったが、これは「経常収支赤字の累積=対外純負債」という関係がそれまで成り立っていたからであろう。2000年代に入って、対外資産と負債のポートフェリオの相違、資産・負債の総合投資リターンの格差など、これら貿易収支以外の要因による対外純負債の変動に着目した視点が登場した。フローの経常収支赤字の持続可能性の問題は、結局のところストックとしての対外純負債の持続可能性問題に行き着く。しかも金融・投資活動のグローバル化に伴って、米国の対外資産と負債のグロス残高は、その絶対額で見ても、名目GDPとの比率で見ても90年代以降に顕著な拡大を遂げた。この結果、対外資産・負債が生み出す所得、並びに資産・負債評価損益から成る総合投資リターン、資産と負債で通貨構成が非対称となる場合の為替評価損益などの諸要因が、貿易収支要因に比較して、次第に影響度を上げてきた。こうした新しい諸要因は当該分野の研究者の間では注目されるようになっているが、対外不均衡問題にそれがもたらすその含意はまだ十分に汲みつくされていないようである。本稿(上)では、対外資産・負債の対名目GDP比率で測った規模、並びに資産・負債の投資リターン格差を勘案した「長期的に持続可能な貿易収支比率(対GDP)(STBR:Sustainable Trade Balance Ratio)」の概念を提示する。同時に、90年代以降の米国の経常収支赤字の膨張は、その全てが無軌道な膨張ではなく、STBRが赤字方向に許容度を大きく拡大した結果だという理解を提示する。また、対外純負債の動向を決定する主要な変数の現在までの実績値を所与として試算すると、2008年末時点の米国の対外純負債(名目GDPの24%)は、将来10年以下のタイムスパンで解消可能である(対外資産・負債が均衡化する)ことを示す。さらに2008年を起点とした将来予想として、米国の対外純負債の将来動向を3つのケース(純負債の発散的膨張、資産負債均衡化、純資産への転換)に分けた試算を行い、それぞれの異なったコースに分岐する条件を示す。とりわけ、ケース2として示す想定は、貿易収支赤字(含む経常移転収支)の対名目GDP比率が-4.0%の縮小にとどまり(1989-08年平均値は-3.45%,09年第2四半期実績は-3.3%)、対外資産・負債の総合投資リターン格差が+3%程度に縮小する場合(1989-08平均値+4.0%)であるが、この想定の基でも対外純負債比率は将来20年間でほぼゼロ(解消)に近づく。すなわち、対外資産・負債の拡大基調と投資リターンの格差が長期にわたって持続する限り、米国経済は国内貯蓄率の長期にわたる大幅な上昇と貿易、経常収支赤字の黒字転換という厳しい調整を前提とせずとも、対外純負債比率のソフトランディング的な縮小、安定化が可能であることを示唆する。最後に現実の貿易収支(あるいは経常収支)の動向と計測されたSTBRの間の相関関係を生み出すどのような因果関係(経済課程)が働いているかについて説明を提示する。
- 2009-12-15
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