グァテマラクロベニシジミの生活史
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概要
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ベニシジミ亜科(あるいはベニシジミ族)で唯一の中米種であるグァテマラクロベニシジミは,メキシコ南部からグァテマラの高標高地にのみ生息し,北米に産するベニシジミ類16種とは近縁性が見られない稀種である.そのため,本種の進化や系統地理の解明は非常に興味深いが,この不可思議な分布の謎を解くのに重要な系統学的,生物地理学的研究の基礎となる生態情報や幼生期の形態情報がほとんど知られていない.そこで筆者らは,本種の生活史解明を目的として2005年と2006年の2度にわたり,グァテマラ高地において本種の幼生期および成虫の探索を行った.その結果,現地での袋掛け飼育による蛹期を除く全ステージの野外観察,撮影に成功した.全幼生期および♀成虫の図示,さらに幼生期の記載はおそらく本稿が最初となる.本種は深い低木林に囲まれた浅い峡谷の山道沿いにある放牧地周辺や草地,伐採地あるいはその脇のブッシュに生息し,♂は午前中に地面近くをゆっくり飛翔,水たまりや馬の糞尿で吸水する姿が目撃され,午後になると低木上で占有行動が見られた.♀は♂よりも個体数は少なく,食餌植物の近くで終日観察された.また野外観察から本種は多化性であることが示唆された.本種の卵はchorionic cellが小さくchorionic ridgesが厚い点で,ウラフチベニシジミ属の種にやや似る.幼虫は若齢時でより扁平で,終齢ではやや筒状かつ細長くなる点で,やはりウラフチベニシジミ属の種に類似する.ただし,蛹はベニシジミやHeodes tityrusなどの真性ベニシジミ類のように全体の起伏が弱く,色彩は褐色で細かい斑点を散布する点で,黄緑色で丸く膨張した腹部を持つウラフチベニシジミ属と大きく異なる.♂成虫の翅表や♂♀両方の翅裏はパプアニューギニア固有のパプアクロベニシジミ属2種にかなりよく似るが,♀翅表の楕円形中央橙色斑の現れ方は中国西部-ヒマラヤの高地帯に固有のHelleia属グループに類似する.一方,本種の食餌植物としてタデ科のギシギシ属の一種がこれまで記録されているが,今回の調査ではタデ科のMuehlenbeckia tamnifoliaのみから卵,幼虫,♀の産卵行動が観察された.この情報から判断すると,本種と同じくMuehlenbeckia属を食するパプアクロベニシジミ属の種との近縁性が認められるが,成虫の形態でも翅の斑紋や前脚の〓節をはじめとする多くの共通した形質を本種とパプアクロベニシジミ属が持ち合わせることが知られる.総合的に見ると,本種はウラフチベニシジミ属やパプアクロベニシジミ属,中国-ヒマラヤ固有のHelleia属との類似性が認められるが,今回得られたデータから共通形質が派生的な状態であるかどうかの判断ができず,類縁関係の議論は難しい.また,上記のパプアクロベニシジミ属やHelleia属グループを含む多くの種の幼生期が図示されていないため,これらの生活史の解明が今後の課題となる.BaroniaやAnetia(最も原始的なアゲハチョウ科とマダラチョウ科)が同地域の中米に生息することから,グァテマラクロベニシジミは新世界へ中生代白亜紀-新生代第三紀に侵入した最も原始的な遺存種であるとMiller&Brown(1979)は指摘している.しかし,de Jong(2003)は化石証拠や最近の分子系統学的研究からこの仮説を疑問視している.いずれにせよ,本種が生じた歴史的背景は未解明のままであるため,今後はDNAによる分子系統解析も用いることで,ベニシジミ亜科全体の系統地理を明らかにしていく必要があるだろう.
- 2010-03-15
著者
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矢後 勝也
The University Museum, The University of Tokyo
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横山 潤
Department of Biology, Faculty of Science, Yamagata University
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WILLIAMS Mark
Department of Paraclinical Sciences, Faculty of Veterinary Science, University of Pretoria
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横山 潤
Department Of Biology Faculty Of Science Yamagata University
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矢後 勝也
The University Museum The University Of Tokyo
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Williams Mark
Department Of Paraclinical Sciences Faculty Of Veterinary Science University Of Pretoria
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WILLIAMS MARK
Department of Geology, University of Leicester
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