統計、道徳、社会、そして教育 : 19世紀ドイツ道徳統計論史から
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概要
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本論文は、ドイツ道徳統計論を分析することで、教育思想における「社会」の歴史的な意味を明らかにすることを目的とする。道徳統計とは、慣習-特に犯罪や非行、自殺など-を対象とした統計であり、その目的の一つは公教育と非道徳的な行為の関係を「客観的」に分析することであった。「道徳統計」という名前を広めたのはA・M・ゲリーであるが-彼は1830年にパリでの講演において犯罪数における規則性を議論した-、その方法を「社会物理学」として洗練させたのはA・ケトレーであった。しかし、彼は大数における人間行為の規則性を強調したので、結果として、彼の理論は人間の自由意志を否定し、決定論を肯定するものであった。このような観点から-公教育における徳育の必要性は主張するが-ケトレーは、犯罪を防止する手段としての教育の重要性に疑問を持ったのである。ケトレーの理論は1860年代にドイツに紹介される。しかし、大部分のドイツの統計家たちはその決定論的な見方を拒否した。彼らはケトレーの決定論に対して、カントの道徳哲学を基盤にしながら自由意志を肯定したのである。このような自由意志論争において、A・エッティンゲン-彼は神学者であるが-は道徳統計に現れる規則性を「社会倫理」と見なした。彼はケトレー的決定論もカント的な観念論的アトミズムも否定し、人間を社会関係から観察することを意図する社会倫理学を提唱した。彼にとって「社会」とは慣習の謂いであり、それは人倫性に影響を与えるべきものであった。いわば、彼は「社会」の概念を、「慣習-人倫性」についての観念論の考えを参照することで発明したのである。「社会」の観点からエッティンゲンは新しい道徳教育論を示唆した。彼によれば、社会だけが人間の良心に影響を与え、人々を道徳化することが可能であり、それゆえ教育は社会と連接しなければならないのである。社会統計学を体系化したG・マイヤー-後に彼はドイツ統計学会の初代会長となるのだが-の統計論はこの延長上にある。マイヤーの理論においては、もはや人間の自由意志には積極的な意味は与えられず、人間の道徳性に関わる問題はもっぱら社会関係のそれとして考察される。このような彼の理論は、こと教育論に関しては、教育というものがその個人のみならず彼/彼女を取り囲む環境に対する配慮を含みこまなければ存立不可能であるということを示しているであろう。以上、道徳統計論は、教育の新しい概念を発明し、後には自明のことと見なされてしまうような「教育と社会」のパースペクティブを準備したと言えるのである。
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