Neurospora crassaの原被子器形成に関する遺伝学的研究
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概要
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Neurospora crassaの遺伝研究に関しては,おもに栄養要求型突然変異体による遺伝因子の生化学的機能の研究ならびにそれらの細胞遺伝学的研究がある。しかし従来この種研究では菌糸伸長,分生胞子形成ならびに原被子器形成をふくんだ全体的な生長が形質としてとり扱われている。遺伝因子の作用を精細に分析するためには,まず分化した形質に関与する遺伝因子に関する研究が行なわれねばならない。すなわち生長の遺伝解析も,まず分化した各器官の形態発現ならびに形成に関与する遺伝因子とその作用を究明する必要がある。Neurospora crassaの子実体形成に関連して,***官形成に関する遺伝学的研究のうち,原被子器(雌***官)形成の遺伝学的研究はまことにその例が少ない。また本菌の形態形成についての培養実験を行なうと,しばしば子実体形成が全くみられなくなることがある。特に交配に用いた株が長期間継代培養をしたものであると,ほとんど子実体形成はみられず,子のう胞子から出発して問もない株では形成がおこる。そこで以上のべた二つの理由から,この実験は原被子器形成はいかなる遺伝因子によって支配されているか,この原被子器形成と相関する形質は何か,さらに原被子器形成に変異を誘起する要因は何か,などの点をあきらかにすることを目的として行なわれた。次にその結果の大要を列記する。1)原被子器形成数に関する変異間の雑種の子のう胞子は連続的変異を示した。その変異曲線には峰点があり親系統の原被子器形成数に応じて峰点の位置は異なっていた。2)相反交配において,次代の原被子器形成数は交配に用いた母系の原被子器形成により支配され,その形成数の多いものは最高形成数が多く,頻度分布の峰点の位置も高い。その形成数の少ないものは最高形成数は少なく,頻度分布の峰点の位置は低い。すなわち母系の原被子器形成がその次代の子のう胞子の形質として伝承された。このことから原被子器形成をおこす因子は染色体上にあるというより細胞質中にあると考えざるをえない。3)半数体菌糸からの分離実験においては,a)単個分生胞子と菌糸先端(約1mm)の原被子器形成数を比較すると後者の方が高い値を示した。b)一本の菌糸を約1mmづつの長さに切断してその各々につき原被子器形成数を比較すると基部から先端に進むにつれ形成数は多くなった。c)比較的長い菌糸の先端部(約1mm)は短いものの先端部(約1mm)より良好な形成を示した。d)一本の長い菌糸から出ている分枝状菌糸の先端部および各分枝菌糸の単位長(1mm)の形成数は先端部のものの方が基に近いものより多かった。e)胞子集塊および単個胞子ならびに菌糸先端の継代培養ではいずれの場合も代をかさねるにつれ形成数は減少した。そしてその親系統の形成数の多いものは比較的おくれて,また形成数の少ないものでは比較的早期に零段階に達した。これらの結果から原被子器形成に関与する因子は染色体上にはなく,細胞質中にあり子のう胞子形成にあたって必ずしも均等に分配されず,菌糸伸長および分生胞子形成にあたって不規則に分配されるため原被子器数に変異が生ずると考えられる。4)二つの生化学突然変異で原被子器形成数をことにする株からヘテロカリオンを作りそれから分離した胞子の原被子器形成数をしらべるとあきらかに栄養要求性と原被子器形成との間で形質の組み換えがみられた。この結果は前の実験と共に細胞質因子を裏付けるものと認められる。5)アクリフラビン10^-7%から10^-5%水溶液を処理すると原被子器形成および菌糸伸長は良好であったが10^-4%から10^-3%では原被子器形成はみられず,菌糸伸長のみみられた。10^-2%から10^-1%では共に形成も伸長もみられなかった。6)原被子器形成数が多い株は比較的生長が早いことが認められた。このことは本稿1-3-c)の結果と一致すると考える。7)原被子器不形成系間のヘテロプラズモンは親株の不形成にもかかわらず,原被子器を形成した。また継代的なヘテロプラズモンおよび交配によっても形成数が増加してゆくのをみた。8)Tyrosin添加による培養はあらゆる系統に対しすべて同様に原被子器ならびにメラニン様色素を形成するとは限らない。原被子器形成系だけがよく原被子器とメラニン様色素をつくった。9)原被子器形成についての変異系統の培養ろ液およびホモジネートはそれぞれその親系統(ろ液およびホモジネートを得た)に対して比較的良好な形成促進を示した。以上5)以降の実験結果はこの因子の特徴を示していると考えられる。以上のべだ実験結果はNeurospora crassaの原被子器形成もAspergillusやPenicilliumの諸形質と同様,細胞質因子によって支配され,原被子器形成に対しては,同器形成に用いられる細胞質が寄与するということを示している。この結果は研究上多くの困難を伴う高等植物の細胞質遺伝の事例とは大いに異なるが,この両者の結果は相互にその研究の方法あるいは結果の解釈にひ益するものと考えられる。本論文では,細胞質中の因子がいかなるものであるか,そしてその因子が形質発現にあたり核といかなる関係にあるかということは取り扱われなかった。しかしながら分生胞子が形成されない系統(形態的因子突然変異で本論文では'mycelial'系として実験に供されている。)では比較的原被子器形成が良好であったということはこの二つの***官形成の機構が全く逆か,少なくとも互いに相異するものであるということが考えられ,全く無関係ではないと推察される。また本菌においても一般に遺伝形質は毎代交配によっても伝承され,遺伝関与因子は必ず生殖細胞を通じて伝えられ,Neurospora crassaの原被子器形成は半数体菌糸による増殖期間では減少してゆくが,ヘテロプラズモン形成および交配によって再び形成が回復して,一生活史環内で減少,増加と変動をくりかえし,各代毎ではほぼ一定した形成を保つことができると考えられる。
- 帯広畜産大学の論文
- 1971-09-16
著者
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